東和温泉と銀河鉄道始発駅

2009.10.30 Friday

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    超零細な出版社を運営している関係で、地方へ出張する機会が多い。
    出版社という以上、本屋さんに本を置いてもらわないことには話にならない。しかし、出版業界全体が、今、大きな課題を抱えている。それは返品率を下げるという大問題だ。
    出版というのは、業界全体が大きな「どんぶり勘定」で動いている。出版という行為は、発注がまずあるのでなく、「これは売れるだろう」というものを見込み生産してしまう。それを委託という形で卸屋さんを通し書店に並べてもらう。買い取りではなく、委託という形だから売れないものは返品される。この返品が多くなると、流通コストの問題とかが絡み業界全体が危なくなる。
    かつては「本」さえ造ってくれれば、どんな本でも流しましょうという時代があった。
    しかし、今それををやっていれば、自分の首を絞めることになってくる。
    いきおい売れるものだけが主流を占めてくるようになる。そこで宣伝力もなく売れ行きのにぶい「小出版」の本は、流通のコンベアに乗りにくくなってくる。しかも、この返品率を下げるためには、委託の大原則の上に立ちつつも、書店に対し、できるだけ返品を規制する以外に方法はない。特に小出版や地方出版の本は返品が規制される。これでは書店としては、返品が難しい本は扱いたくないということになってくる。
    この問題をカバーするためには、出版社は取次店の自動配本に任せるのでなく、出版社がこまめに営業に回ることで書店とのパイプをつくっていくしか方法がない。このため、どうしても地方の書店回りが必要になって来るという次第だ。

    東和温泉前置きが長くなったが、「出版業界の危機」等という暗い話はしばし忘れ、東北は岩手へへ出張した時のちょっと楽しい話を紹介しよう。
    花巻駅から列車で20分位の所に「東和温泉」(写真)がある。まず、この「東和」という地名に惹かれた。昨日も、岩手の支援者というか読者の方と昼飯を一緒に食ったが、そのおり、岩手在住の作家、高橋克彦氏の話が出た。「火炎」や「血涙」等々、東北の蝦夷を題材にした歴史小説を多く書いている。
    一人の方が「高橋さんなら知ってるわよ」と言う。聞けば、岩手には「盛岡文士劇 なるものが、毎年上演されているという。岩手県や盛岡市にゆかりのある作家や文化人が大挙して出演するそうだ。高橋克彦さんは、その常連で、「盛岡の人間なら誰でも知ってるわよ」という次第。その高橋克彦氏の作品「火怨―北の燿星アテルイ」の舞台となっているのが東和の里だ。地方へ行くと、なぜか奈良と縁の深い場所に出くわすことが多い。この話になると、またぞろ横道へ逸れてしまうので割愛するが、この東和も奈良とつながっている。かつて仏教が日本に入ってきたとき、蘇我氏と物部氏の間で、その受容を巡って激しい戦いがあった。今の大阪府八尾市が、その決戦場となったが、若い厩戸皇子(後の聖徳太子)が戦勝祈願し、蘇我氏に勝利をもたらしたという。
    破れた物部氏は出雲へ逃げ、そこから九州は福岡へ下った一族と東北へ移動した一族があったようだ。物部氏は製鉄に通じ、東北の蝦夷に採掘技術や冶金術等の製鉄文化を伝えたばかりか、金鉱脈の開発にも力を注ぎ、後の奥州藤原氏繁栄の基を築いたというのだ。
    高橋氏の小説では、蝦夷の英雄・阿弖流為(アテルイ)を物部氏が援け、朝廷に反旗を翻したことになっており、やがて坂上田村麻呂との対決へと話が進んでいく。歴史ファンなら、ここまで来たら、東和と名の付く所へ行ってみたい。
    そこで足を伸ばしたのが「東和温泉」。ここなら花巻駅から釜石線に乗り換えて、20分ほどで土沢駅に着く。そこからタクシーで10分程度の所に「東和温泉」がある。東和の里へ行って史跡巡りをする時間はない。せめて東和という名の付く所へ宿を取ってみようと言うわけだ。
    でも心残りでタクシーの運転手さんに聞いてみた。
    「東和の丹内山神社は遠いんでしょうか。」
    東和の里の、物部氏の拠点となったところだ。
    「タクシーで往復二時間はかかるなあ。バスも電車も走ってない山の中だからなあ。」
    未練は消えた。とても足を伸ばしてみる時間的余裕はない。またの機会はないだろうが、あきらめるしかなさそうだ。
    銀河ステーションその日は、東和温泉にゆっくり浸かり英気を養った。
    翌朝、雪景色の中をタクシーで土沢駅に向かう。駅について驚いた。昨日着いたときは、もう陽も落ち、駅前といっても田舎のこととて街灯もほとんどなく、タクシーをつかまえるのがやっとで分からなかったが、ここ「土沢駅」は銀河鉄道の始発駅だという。
    小さな駅舎の前に青い看板が立てられ、そのことを語っている。
    「“銀河ステーション” ここ土沢駅は宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」の始発となった駅(岩手軽便鉄道)です」と。
    今思えば、どうということもない気もするが、その時は、
    「おーっ、ここが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や『冬と銀河ステーション』の舞台になったところか!」と感極まったものだ(写真)。感極まったあげく、駅舎やホームを走り回り、通勤客の迷惑を顧みず写真を撮り回った。列車が動き出しても、窓にしがみつきシャッターを切っていた。

    旅先でのハプニングは、妙に楽しいものだ。後日、営業で九州は宮崎のイオンモールを訪ねたときのことだ。宮崎駅からイオンモール行きシャトルバスに乗ったが、降りるとき、運転手さんの名前が張り出してあるのが目に留まった。
    墨で黒々と「物部……」と書かれている。
    「おーっ、物部さんだ。」感極まって尋ねてみた。
    「お名前、物部さんと言われるんですね。宮崎には多い名前なんでしょうか?」
    「僕は宮崎でなく、福岡から越してきたんですよ。」
    な、なんと! 出雲から福岡へ下ってきた物部氏の末裔だった。(本当のところはどうだか定かではない。でも、そう考えた方が浪漫があるというものだ。) 

    精神病と宗教

    2009.10.25 Sunday

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      ある「本」の取材のために沖縄を訪れた。
      「精神病」とは一体なんだろうというテーマの本だ。
      「精神病」と「沖縄」がなぜ結びつくのかって……。私も最初そう思ったが、調べていくうち、県外に比べ沖縄に精神病患者が多いのは、「宗教」と「精神病」というものが密接な結びつきにあり、そのことと関係しているらしいということがおぼろげながら見えてきた。
      つまり沖縄という宗教的な土壌は、霊的に過敏な女性たち、巫女的な人たちを多く生み出してきた。そんな霊的に敏感な人たちが多く存在するということと、いわゆる精神病といわれる人たちが多く存在するということが比例しているのが沖縄という精神風土のように思われる。ただ「沖縄海洋博」が開催されるまでの沖縄では、精神的に不安定な女性たちを特別視したり、隔離したりするということがなく、集団の中でごく普通に生活し、普通に治癒していく人も多かったということのようだ。
      それが沖縄海洋博が開かれるということになり、皇太子が沖縄を訪問されるということが決まったときに事情が変わってきた。今まで小集団の中で生活していた、そういう精神的に不安定な人たちが、「このままではまずい」と、精神科のある病院に収容されることになったらしい。今ある病院だけでは足りないので、新設の精神病院が数多く誕生したとも言われている。(また取材の中で得た情報によると、沖縄の精神科には「宗教外来」を設けている所があるという話を耳にしたが未確認である。)

      しかし、これは沖縄だけの問題ではないと思う。神懸かりとか、宇宙的なパワーだとか、巫女のように霊界と交信できたり、人の心が読めたり、予知能力があったりとか……それは特殊な人間だけの問題ではなく、我々の中にもある潜在的な願望とも結びついている気がする。人は知らず知らずのうちに、強いか弱いかの違いはあっても、そういう能力を欲するものだとも思う。それがどんな世界とつながっているのか……たとえば欲望という暗い世界とつながったとき、どんな心の動きが起こってくるのだろう。主人や恋人は、あるいは上司や商売敵は一体何を考えているのか。日常生活の中でも、ふっと、こんなことが出来たら、こんなことが分かったら、と思うことはないだろうか。自分が出来ないからと、宗教者や超能力者、霊能力者に頼り、状況を改善しようとすることは、別に珍しいことではない。そんな心の動きが、どんな意識の世界をつくっているか考えたことがあるだろうか。
      理由なき殺人、あんな大人しい人が、と言われる事件……狂った事件や世相は、そのまま私たちの心の現状のように思えてならない。
      「精神病」「超能力」「霊的パワー」「狂った世相」、そんなキーワードは、自分の心と向かい合わないかぎり、何も解決されないことを示唆しているようにも感じる。「心」の問題は、「昔」のように観念論やきれい事ではすまされない時代を迎えているように思えてならない。