「Wild-Bullet犬舎」のオオカミ犬

2018.10.24 Wednesday

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    取材の車と我々の様子を警戒するオオカミ犬のディーガ

     

             ロットワイラー犬のイブちゃん

     ナビを頼りに御所の蛇穴にある「Wild-Bullet犬舎」を訪ねました。ちなみに「蛇穴」は「さらぎ」と読むみますが、「さらぎ」は蛇がとぐろを巻く状態や蛇が巣を作ることを言うらしく、陶器のことを「さらき」というのも、紐状の粘土を巻き上げて造形していくことがとぐろを巻くのに似ているからだと言います。
     ただ蛇という言葉は「水」や「農耕儀礼」と関係しているようですし、「さらぎ」という発音を重視し、「さらぎ」は「今来(さらき)」を意味し、新来の人や帰化人のことを言うという説もあります。
     地名談義はここまでとし、「Wild-Bullet犬舎」を探しますが、ナビの指示通りに来たというのに、そんな看板の掛かったところは見当たりません。
     ふと見ると「東又」さんの表札がかかった大きな敷地の家がありました。その庭にはたくさんのゲージが置かれてあり、その中の犬たちが興味深そうにこちらの様子を窺っているではないですか。
     間違いありません。ここがお目当ての「Wild-Bullet犬舎」です。
     ブザーを鳴らすと、一見、強面、でも実はむちゃ優しい、そんな感じの男性が現れました。この方が、これから取材しようとする「Wild-Bullet犬舎」のオーナー東又安彦さんです。

     そして、今日の取材のお世話をいただくのが、オーナーの奥さんである東又弥生さんです。
     「嫁は、今、片付け中なんで、少し待って……」と、ゲートを開けて車を敷地へと案内してくれました。
    敷地へ入るや、真っ先に出迎えてくれたのが「イブ」というロットワイラーの雌犬。ムチャクチャ人なつっこく、大きな身体をすり寄せてきて、油断をしていると、その重さでこちらが転びそうになります。その後ろをつかず離れずで、こちらの様子を窺っている犬がいます。

     この子が「ラン」。お母さんは「ホワイトシェパード」、お父さんが「オオカミ犬」で、オオカミの血は薄くなっていると言います。

     しばらくして、オオカミ犬のお母さん的存在とも言える弥生さんがあらわれました。

     これまたご主人に輪をかけたような人の良さそうな方。ただ一点違っているのは、すっごい美形だということ。
     ゲージの中にいるオオカミ犬と、ゲージの外をうろついているオオカミ犬、それらがみんな、こちらの様子を窺っています。警戒している感じの子もいれば、人なつっこそうに好奇心いっぱいでこちらを見ている子もいる、そんな感じです。

     

    お母さんは「ホワイトシェパード」、お父さんが「オオカミ犬」のランちゃん

     

     あまりの多さに頭数をお聞きすると、全部で19頭のオオカミ犬を飼っておられると言います。ロットワイラーを入れると実に20頭になり、あわせて40もの目が、弥生さんに話しかける僕を注視しています。好奇心いっぱいの目もあれば、中には、お母さん(弥生さん)に変なことをしないかと身構えている目も……。
     そんな状況の中、あえてオオカミ犬のほうは見ないようにしながら、「オオカミ犬を繁殖するようになった動機は?」と尋ねてみました。
     弥生さん曰く、元来の動物好きが昂じてオオカミ犬の繁殖をはじめたといいます。


     弥生さんの打ち解けた様子に、警戒していたオオカミ犬たちの視線も幾分やわらいだようです。
     まずは一安心。
     いただいた名刺を見ると、「獣害対策狼犬訓練所」とあります。
     獣害……そう言えば、昨年のことになりますが、知り合いがジビエの関係の仕事をしており、そのツテを使って岡山県美作にある野生鹿の食肉処理場を見学させてもらったことがあります。
     そのとき聞いた話ですが、美作では、いっとき野生の鹿がすっかり姿が見えなくなり、あわや絶滅かと騒がれたことがありました。そんなとき、子鹿を連れた母鹿が発見され、市をあげて保護に乗り出したそうです。
    ところが今度は逆に、野生の鹿が大繁殖、植林の木の皮を食べて枯らしたり、作物を荒らしたりと、人間の生活を脅かすようになりました。
     冬から春に向かうとき、雪解けを促進するために大量の石灰を山に撒くそうですが、そこに含まれる塩分ミネラルが、鹿を繁殖させる引き金になっているのでは……。それでは、というので石灰を撒くのをやめましたが一向に効果はありません。あげく、鹿に賞金をかけ、殺した鹿を集めて食用にすることが考えられました。
    それが、この施設というわけです。


     

     そのとき職員の方に聞いた話ですが、オオカミを輸入し、それを山に放すことで失われた食物連鎖を再構築しようという計画が考えられたことがあるそうです。
     その話しを弥生さんにぶつけてみると、
     「私は反対です」と、即座に答えが返ってきました。
     というのも、オオカミは頭の良い動物で、鹿や猪等の野生動物を狩るだけでなく、安易にえさを獲れることを知れば、人の生活区域を脅かすようにもなる。しかも彼らは犬と交配できるので、管理できないオオカミや野生のオオカミ犬が増え、人間にとって却って危険な存在となるリスクが強いというのです。
     オオカミを導入することで一定の効果が出ているというのは、アメリカのイエローストーンなどの広大な地域で、日本のような狭い土地に人が密集しているような地域では非常に危険なことになるというわけです……。なるほど納得です。

     

     これに対し、管理されたオオカミ犬を、獣害のある場所を散歩させ臭い付けすることで、あるいは狼犬の糞を一定区間に畑の周りに置くことで、猪や鹿等が畑を荒らさなくなり、獣害をなくすことができるというのです。
     オオカミ犬のえさは肉食で、猟で獲った動物の肉を与えるほか、猟仲間の協力で、一頭丸ごとのイノシシや鹿をもらって帰り、それを弥生さんが捌いてからオオカミ犬たちに与えているそうです。鹿なら鹿で、同じ肉ばかり与えていると飽きてしまうため、鶏肉を与えたりもするそうです。

     このように生肉を食べ続けているので、排泄物のにおいが、鹿やイノシシなどの動物に危険を感じさせ近づかないようになるという次第です。
     これが名刺に「獣害対策狼犬訓練所」とある所以です。
     昨今、獣害対策としてジビエへの利活用が盛んになってきていますが、人間が食する「肉」に加工するには、品質管理、衛生管理等々、手間暇がかかりすぎるのと、経済効果が悪く、ジビエの流れが市場とリンクするのは難しく、結局、廃棄される個体が増えていくというのが現状です。
     こうして廃棄される野生の鹿やイノシシの肉が、オオカミ犬の食料となり、新しい生命を生み出すばかりでなく、延いては、その排泄物が害獣避けともなっていけば、どうでしょうか。
     弥生さんは言います。「オオカミ犬を通して、自然のリサイクル(命のリサイクル)の一助となれば」と……。


     こいうして話している間にも、オオカミ犬たちの警戒心も随分やわらいできたようです。
     そこで弥生さんに、ここにいるオオカミ犬の何頭かを紹介していただくことにしました。
     ゲージの外をうろつき、こちらの様子をうかがっていたのが、「ラン」と「ディーガ」。
     「ラン」は先ほども述べましたように、お母さんがホワイトシェパードで、お父さんがオオカミ犬で、オオカミの血は薄くなっています。それといかにもオオカミ犬という感じの「ディーガ」。この子が、弥生さんの様子を心配し、遠巻きに僕を警戒していた子ですが、その警戒心もだいぶ薄らいだのか、弥生さんとの話が終わる頃には、ロットワイラー犬の「イブ」や「ラン」としきりに遊びまわっていました。

     

    東又弥生さんとオオカミ犬カムイ


     ゲージに移って、この犬舎のスター的存在の「カムイ」を紹介されました。
     「カムイ」は、今年2018年2月に公開された映画「東の狼」のオオカミ役を演じた子です。
     「カムイ」は、生まれたとき、授乳がうまく行かず、ロットワイラーの「イブ」が母親代わりになって添い寝したり可愛がったりしたそうですが、そのうち、子どもを産んでいない「イブ」からお乳が出るようになったといいます。
     そんなせいか、「イブ」は弥生さんとともに、ここのオオカミ犬たちの母親的存在となり、オオカミ犬たちは、みんなイブに一目置いているように感じられます。
     その「カムイ」ですが、秋口にさしかかり季候もよかったせいでしょうか、本当に機嫌がよく、新参者の私たちにも甘えて撫でさせてくれ、少し怖かったですが、甘噛みさえしてくれます。このほかにもゲージから鼻先を突き出し甘えた仕草をする子、本当にどの子もかわいい子ばかりでした。
     でも注意してください。それは、ここの「Wild-Bullet犬舎」の子だからということもありますし、ただこのときは機嫌がよかったからということもあります。
     「オオカミ」が「犬」の先祖だというのは間違いなさそうですが、進化の過程で大きな違いが出てきました。
     その一つが、先ほどもあげましたようにオオカミは「肉食動物」だということ。それに対し犬は人間と暮らす中で「雑食動物」として変化してきたということ。
     肉食ですから、オオカミは狩りをします。 狩りをして獲物を確実に捕らえるために、強靭な顎を持っていますし、犬の指先は丸くなっていますが、オオカミは先にいくにつれて細長い形をし、鋭い爪を持っています。
     そして最大の違いが性格です。犬は人間への依存性が強く、飼い主に気に入られようとします。しかし、オオカミは本来警戒心が強く、人に慣れることはありません。

     

    東又安彦さんと東又弥生さんご夫婦


     「オオカミ犬」は、狼と犬の交配種ですから、人なつっこい犬的な性格も持っています。でも、やはり「オオカミ」の面も強く持っており、人に媚びることはなく、機嫌の良いときはいいのですが、いやがっているのを追いかけ回したり、いやがっているのを撫でようとすると、とんでもない事故を起こすことがあります。
     僕がここに書いたように、「オオカミ犬」は毅然としていて、それでいて可愛いので人気がありますが、危険な面もないわけではありません。もし見学されるようなことがあれば、かならずオーナーの指示に従い、無理に追い回したり、無理に撫でようなどとしないでください。
     老婆心ながら申し添えて、この項を終わることにいたします。

     

       

     

     

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