去年植えたチューリップの球根が…

2010.01.22 Friday

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    チューリップの芽が出た去年の10月14日、孫と一緒に事務所の庭にチューリップの球根を植えた。僕が「パステルチューリップ」という球根セットをえらび、孫は「切り花アレンジチューリップ」という球根セットをえらんだ。ジャガイモの収穫以来、庭のことは忘れていた。というのも事務所の庭は東西に広がっており、夏の間は、日の出から日没まで、終始太陽の光が当たっているのだが、冬になると太陽の位置がずれ、裏の建物の陰になってしまい、しかも建物と建物の間が北風の通り道になって、作物が育ってくれない。秋植のジャガイモも、強い北風に倒され、大きく育つまでに至らず収穫となった。
    そんなわけで、冬の間、庭のことは忘れていたのだが、今朝、久しぶりに庭を覗いてみると、小さなチューリップの球根が、今のところ二つだけだが芽を出していた。何とも可愛くて、あわててバケツに水をくみ、チューリップを植えたとおぼしき場所に水を撒きだした次第。これからまた、毎日、事務所に顔を出すたび、庭を見るのが楽しみになった。 

    ところでチューリップが日本に来たのはいつ頃のことだろうか? チューリップの歴史と言えば、アレクサンドル・デュマの「黒いチューリップ」が、まず思い起こされる。昔、アラン・ドロン主演で映画化されたこともあるが、これはなぜかフランス革命を背景に「黒いチューリップ」と名乗る怪盗の活躍する話に置き換えられていた。実際は、チューリップの球根が宝石と同じくらいの高値で取り引きされた、いわゆる17世紀オランダのチューリップバブルと言われた頃、黒いチューリップの球根開発をめぐる陰謀を扱った小説なのだが……。
    それはさておき、こんな感じで、トルコからヨーロッパへチューリップが伝えられた頃のことは、結構、簡単に調べがつく。しかし、日本に、いつ、誰が、どのようにして……ということになると、ホームページで検索しても、「19世紀には日本にも伝わった」ぐらいの記述があるだけ。あるホームページには、「日本に紹介されたのは江戸時代末期(1863年フランスから輸入)ですが……」という記述があった。
    「ちょっと待ってよ。なぜフランスなんだよ?」そんな思いが出てくる。江戸時代、日本はチューリップの栽培に加熱したオランダと長崎の出島を通して交易していた。フランス革命で、オランダという国がなくなったときですら、長崎出島にだけはオランダ国旗がたなびいていた。それほどオランダと日本は縁の深い関係。それが当事国のオランダからでなく、フランスから、しかも19世紀になってやっと伝わってきた……「それって本当?」と思ってしまう。今のところ、門外漢の僕には「そうなんだ??」と、いくつも?マークを付けた上で納得するしかないが、詳しいことを知っている人がいたら、ぜひ教えてほしいし、一度、自分でもちゃんと調べてみたいと思う。
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