孤児たちのルネサンス −トマスの物語− vol.23

2009.12.25 Friday

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    カタリ派の処刑
                          (カタリ派の処刑)

    23

    「トマス、メディチ家がどこから来たかご存知でしょうか?」
     エレオノーラの声がトマスを現実に引き戻した。
     まだ夢から醒めやらぬトマスを案じてか、エレオノーラの息子バルトロメオが口を挟んだ。
    「元からフィレンツェに居たのではないのですか?」
    「違います。今、トマスが思いを向けていたところから逃げてきたのです。」
    「モンセギュール……?」
     トマスが重い口を開いた。
    「そうです。メディチ家は、フィレンツェの郊外ムジェッロから身を起こしたように言われていますが、本当は南フランスから逃れてこの地へやってきたのです。」
    「ひょっとしてメディチ家は、カタリ派の生き残りなのですか。」
     バルトロメオが訊いた。
    「モンセギュールが攻め滅ぼされたとき、城にはカタリ派の財宝は何一つ残されていませんでした。有形無形に関わらず、カタリ派の人たちが大事と思ったものは、休戦中にすべて持ち出されたのです。メディチ家の教えを語り継ぐ者、カタリ派の資産を受け継ぐ者、それぞれ役割を分かち合い、カタリ派は地下に潜ることとなったのです。」
     キリスト教が歴史の表舞台に登場するようになって以来、その地下水脈のように異端の歴史もヨーロッパ史の底を流れ続けてきた。地上からは見えなくとも、時には細々と、時には大きな流れとなって地上へあふれ出てくることもある。キリスト教史上、最大の異端と言われたカタリ派の流れが、再びイタリアに、それもバチカンの中枢に噴き出そうとしていた。トマスやミゲルの不幸は、日本人でありながら、この抗争に知らず知らずに巻きこまれていったことにある。
    「ここにもう一人のトマス――カタリ派の時代を生きた一人の修道僧の手記があります。私がビアンカ様から託され、書き写したものです。私と共にここで朽ち果てるかと思っていましたが、少なくともこの手記だけは、この修道院から出ていくことができそうです。」
     エレオノーラは、修道服の胸のあたりに抱えていた紙の束をトマスに差し出した。

    ◇カタリ派からの改宗者トマスの手記
     私が、このモンセギュールの城に入ってほぼ一年になる。
     戦いは既に終局を迎え、降伏の条件をのむかどうか、攻城側から十五日の猶予期間が与えられた。この機会を利用し、私がカタリ派について知り得たこと、また戦いの合間に取った覚え書きを整理し記しておこうと思う。
     それが、私がこの城へ来た目的なのだから……。

     このところ毎日のように投石機から放たれた岩が唸りをあげてこの城を襲うようになった。最初は丸い石の砲丸であったものが、日を追うにつれ岩塊が混じるようになり、今では飛んでくるものは石や岩の塊ばかりとなった。
     城壁越しに巨大な石魂が間断なく飛来するや、あたりはまるで地獄絵の様相を呈する。城内は、女や子供たちの泣き声やわめき声に覆われ、庭のあちこちで男女の完徳者が、醜く手足をもがれた騎士や、半ば押し潰された女性に臨終の救慰礼を授けているのが見られる。飛んできた岩塊に直撃され、頭が兜ごと肩へめりこんだようになった兵士の死骸さえ見られるようになった。
     騎士を含め二百五十人近くいた戦闘員が、今では六十名足らずになっている。
     誰がこんな事態を予想しただろうか。城は、モンセギュールという急峻な岩山の頂にあって、四方はほぼ垂直に近い断崖。誰もが難攻不落と信じて疑わなかった。
     事実、昨年の五月、青地に百合の花の王旗をなびかせた十字軍がモンセギュールを取り囲んで以来、一万もの大軍が、非戦闘員も含め、わずか五百人足らずの籠城軍に手も足も出せず、半年あまりの間、いたずらに包囲するばかり。ついには糧食の心配までする始末だ。確かに一万もの軍勢を食わせる糧食となると並大抵のことではない。
     それに引き替え、我々籠城側ときたら、秋に雨が降ったおかげで水は十分にあり、かねてから備蓄を心がけていたため食料不足の心配もない。それどころか抜け道を通って、不足するものは僅かでも運び込むことができた。これでは、たとえ五年を包囲されたとしても十分耐えることができたであろう。
     事実、このまま行けば、聖王ルイの十字軍は撤退するしかなかった。
     しかし裏切りがあった。カタリ派の仲間から裏切り者が出るとは考えもしなかったが、この裏切りによって抜け道の一つが押さえられ、攻城軍は、バスク地方の山岳兵を動員するや、ついに前哨を落とすに至ったのだ。前哨が落ちるや、アルビ司教の考案になる投石機が運びあげられ、六十ポンドから八十ポンドにおよぶ石の砲丸や岩塊が、連日、難攻不落の城塞に打ち込まれることになった。
     間断なく続く砲撃の前に、誰の目にも開城間近なことは明らかだった。
     ……が、それでも我々は、更に二ヶ月を持ちこたえた。そして投石機粉砕を狙った決死の出撃が失敗に終わったとき、籠城側の主立った者たちは和平交渉を申し出る決定を下した。昨夜、この戦いの指導者であるピエール・ロジェとラモン・ド・ペレラによって降伏条件が皆の前に提示された。
    「異端、ならびにカタリ派の信仰を放棄せぬ者は火刑台へ送るものとする。残余の者全員に関しては、己の過失を衷心より告白することを条件に、身柄を拘束せぬものとする。戦闘員に関しては、武器所持品携帯のうえ自由に退去するを認め、アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬものとする。この条件を受け入れる場合は、今日より数えて十五日目に城を明け渡すものとする。」
     アヴィニョネの殺害事件というのは、一二四二年五月に起こった異端審問官の殺害事件のことである。トランカヴェルの反乱、レーモン七世の挙兵と続いたとほば同じころ、トゥールーズとカルカッソンヌとのちょうど中間くらいにある小村アヴィニョネで、滞在中の異端審問官の一行二名がことごとく惨殺された。しかもこの事件には、のちにモンセギュール寵城の戦術上の指導者となるピエール・ロジェが首謀者として名を連ね、実行グループにはモンセギュール居住の騎士たちが加わっていた。恨み重なる審問官の惨めな死に、ラングドックの民衆はいっせいに歓呼の声をあげたものだが、この虐殺事件をきっかけに、第二次アルビジョア十字軍の攻撃が開始されたのだ。
     にもかかわらず、和平条件では「アヴィニョネの殺害事件への関与を問わぬ」とある。
     前回の第一次アルビジョア十字軍の際、カタリ派の皆殺しが叫ばれていたことを思えば、異例なまでに寛大な条件であった。それは聖王ルイの威光と言うよりは、一万にもおよぶ攻城軍が十ヶ月にわたる包囲戦で、予想以上に疲弊していたことが、その寛大さの原因であろうと思われる。
     私はその夜、このモンセギュールの領主の娘であり、熱心なカタリ派の信者であった、エクスクラルモンドから次のような決心を打ち明けられた。
     彼女は、私がフォアの住民に紛れ、このモンセギュールへ避難してきたときからの知り合いだ。
     モンセギュールは恐ろしく切り立った山で、標高一〇〇〇メートルの頂きに目的の城がある。そして城に至る抜け道は険しく、聾でびっこの私には相当こたえる。
     というのも、みんな前を向いて歩いているため、後ろから励ましの言葉をかけてもらっても分からないのだ。お陰で私は、みんなから愛想の悪い男だと思われたに違いない。
     びっこの私を哀れんで助けてくれようと声をかけた人も、無視されたと思い、怒って追い越していく始末。そんな次第で皆からは遅れ、たった一人で、抜け道をやっとのことでよじ登ってきた。しかし、最後の登り口が険しくて、どうしても手に負えない。途方に暮れた私を、一人の女性の手が引き上げてくれた。それがエクスクラルモンドだった。
     驚いたことに、彼女は騎士の身なりをしていた。
     いや間違いない。あの手は、いやあの顔だちは間違いなく女性のものだった。
     彼女が、笑顔で何か言った。しかし、暗くて唇が読めない。
    「ミミガ・キコエナイ・ノデス。」
     彼女は驚いたような顔で私を見つめた。
    「クラクテ、クチビルガ、ヨメナカッタノデス。ナント、オッシャッタノデショウ。モウイチド、オオキク、クチヲヒライテ、ハナシテイタダケマセンカ。」
     エクスクラルモンダは言った。口を大きく開けて、
    「モンセギュールへ、よ・う・こ・そ!」
     これが彼女との出会いだった。

     彼女が私に、「どこから来たのか」と訊ねたことがあった。
     フォアの町では見かけたことがないというのだ。それに私の話し言葉は、おかしなアクセントには違いないが、それでもラングドックの訛りではないという。
     エクスクラルモンドは、男勝りだけでなく、観察力が鋭く賢い女性でもあった。
     私はパリの修道院から逃げ出し、南フランスまで流れて来たこと、カタリ派のことをもっとよく知りたいのだということを話した。それは嘘ではなく、自分の本当の気持ちだった。ただ、フランス国王ルイとの出会いや、自分がレーモン七世の隠された息子であることは話さなかった。言っても誤解を招くだけだと思ったからだ。
     以来、エクスクラルモンドは、機会を見つけては、耳が聞こえず、うまく言葉も話せない私に根気よくカタリ派の教えを伝えてくれた。カタリ派の教えを聞くにつけ、私の心の中に(カトリックの教えは、本当のことを伝えるよりも、教会の権威を、目に見える典礼やミサの形で定着させようとしているに過ぎないのでは……)そんな疑問が渦巻きはじめた。

    「私は救慰礼を受けることを決意しました。」
     城を明け渡すことが伝えられたあの夜、エクスクラルモンドは、私にそう語った。
     救慰礼(コンソラメントゥム)とは、帰依者が完徳者の列に参入しようと望む際に執り行われる儀式のことを言う。カタリ派は、カトリックの豪華な教会や秘蹟と称する儀式的なものすべてを排除した。ただ、この救慰礼という簡素な儀式だけは残した。
     これは、神と福音に身を捧げようと決意した者に執り行われる儀式であって、その決意を確かめた後、「油で調理された野菜や魚以外の食品は一切、肉もチーズも食べないこと」を約束し、同様に「虚言を吐かぬこと」、「誓いを立てぬこと」、「肉体の交渉に身を委ねぬこと」、「火、水その他いかなる形の死をもって脅かされようとも教団を捨てぬこと」が約束させられる。約束が済めば、志願者は主の祈りを唱え、次いで完徳者が志願者の頭に手を置き、書物(福音書)を載せた後、志願者を抱擁し、その前にひざまずく。列席者一同も同様に志願者の前に膝をかがめ、これで儀式は終了する。
     約束は厳しい内容であり、欺瞞は許されず完全な遵守が必要となるが、ただ一般信徒に強要されることはなく、どんな生活をしようと自由であり、それによって軽蔑されることも『道徳的不行跡だ』と叱責されることもない。自分がその時期に来たと思う者、もしくは決意を固めた者が、その旨を完徳者に願い出てこの救慰礼を受けることになる。
     ただエクスクラルモンドをはじめモンセギュールの城に立て籠もった者にとって、和平交渉の決まったこの時期に「救慰礼」を受けるということは、城の明け渡し後、火炙りになることを決意したも同じである。
     私にはそれが分からなかった。生きてさえいれば、どんなことをしてでも教えを語り継いでいけるではないか。生きていればこそ、それが可能だ。死は消滅であり、敗北でしかない。死んでしまって、何を伝えるというのだろうか。
     そんな気持ちを、私は彼女に伝えた。
    「トマス、あなたの気持ちはうれしい。でも、それは所詮、私の肉体を案じてのこと。私の本質は肉体ではありません。肉体は仮のもの、その奥深くに隠された霊的な魂こそが本当の私なのです。人間の魂はあまりにも強く物質に隷属したままなので、もはや自分の起源が神にあるという認識を忘れてしまっているのです。自然なままの状態では、人は無知のままでいようとします。認識する力が失われているのです。伝えることが目的ではなく、私が自分の内なる魂に気付くことが目的なのです。」
    (火に焼かれれば、気付くというのですか。火炙りになれば、自分の本質は神だったという認識に到達できるとでもいうのですか……)
     私には、自分の中に渦巻くそんな思いを言葉にすることができなかった。どもるばかりで思いがうまく言葉になってこない。
    「……それに生きて教えを伝えていく人たちも決まっております。もうその方々は、別の抜け道を使って、このモンセギュールから抜けていかれました。その方々は、このカタリ派の聖なる書物や財宝の在処を知る方々です。
     トマス、あなたもそうなのですよ。あなたは、生きて私たちのことを後世に伝えていく方、それこそあなたが、今ここにある目的ではないのですか。」
    「チ、チ、チガイマス! 私ハ人質トシテ、パリノ修道院ニ預ケラレテイタモノ。フランス国王ノ命デカタリ派ヤ、ソノ教エヲ信ジル人タチノコトヲ知ルタメ、コノ城ニ遣ワサレタ者……」
    「分かっています。レーモン伯に仕えておられた方々もこの城にはおられます。その一人の方は、あなたを人質としてパリへお連れしたことを覚えておられました。その方が申しておられました。あなたの面影は忘れられない。あれはレーモン伯の隠されたご子息トマス殿に間違いがないと……」
    「………………」
    「フランス国王が、あなたをここへ遣わされたのではありません。あなたはご自分の内なるものに突き動かされて、このモンセギュールへ来られたのです。そんなあなただから、託したいのです、この『マリアの福音書』を……。
     マグダラのマリア様が、イエス様の生の声を伝えた書物、私たちの宝です。この城を出られるとき、あなたにこれを持っていってもらいたいのです。」
    (……あなた方には宝であっても、私には負担でしかありません。それに、これを守り通すことなど出来そうにありません。)
    「その時が来たら、棄ててくださってよいのです。焼き捨ててもかまいません。あなたがそう思ったら、思ったようになさってください。福音書と言っても所詮は形です。それを残すことが目的ではありません。あなたの中に本当のものが残っていくこと、それがあなたを通して流れていくこと、それが私たちの望むことです。カタリ派という名前なぞ消えてしまっていいのです。イエスという名前さえ消えてしまっていいのです。本当のものが、いえ、本当のものがあるということ、そして、それを知りたいという、その思いさえ残せれば……」
     異教徒やサタン以外に「イエスの名が残らなくていい」などという人間が、どこの世界にいるというのだろう。頭では、「これは神への冒涜だ」と思いつつも、私の心はそれを受け入れている。心のどこかで「そうだった、そうに違いない」という思いがあふれてくる。
     私は心の中で聞いてみた。
    (……でも、それならなおのこと、自ら火炙りになるのは間違いだと思いますが。)
    「私は棄てたいのです。怖いという気持ち、なんとか肉を守りたいという気持ち、肉体にまつわる様々な思いを棄てていきたいのです。」
     彼女から答えが返ってきた。
     こうして私は、エクスクラルモンドの差し出す「マリアの福音書」を受け取ることにしたのです。しかし、こんな覚え書き、もうどこへも出すことはできないだろう。もし、誰かに見られでもしたら、間違いなくこちらが火炙りだ。この城を出たら、パリには帰らず、「カタリ派からの改宗者」として、どこかの修道院に身を隠して生きていく以外にはなさそうだ……。



    「モンセギュールは正しきキリスト教徒の最後の砦……。それが潰されようとしている。
     死ぬのは怖くはありません。どうせ、この世はサタンの造った世界。そんな悪の世界を離れるのに、何の未練がありましょう。肉体はサタンのもの、そんな肉体を苦しめ何が面白いというのでしょうか。魂こそが真実、魂こそがすべて。私は、この魂を救うために、肉体を捨てていきます。
     でも、苦しい。肉体が音をたてる、ジュウジュウと音をたてる。目が、目が瞑れない。誰か助けてください。私の身体が焼けてゆく。誰か助けてください、早く死なせてください、早く、早く死なせてください。早く意識がなくなってほしい。早く肉体の苦しみから解放されたい……。
     炎が、炎しか見えません。あたり一面が真っ赤、真っ赤なんです。あー、早く死にたい。早く死なせてください。早く、早く、早く……」

     炎の中で死んでいった人たちの苦しみが伝わってくる。どうしたらいい、どうしたらいい。俺にどうしろというんだ。俺にどうしろという。
     あの光景が忘れられない。いつまでも俺の眼の奥に焼き付いている。
     いやだ。俺はあんな死に方はしたくない。何があろうと、あんな死に方はしたくない。たとえ、この世がサタンのものであろうと、俺にはできない。あんな死に方はできない。

    「あートマス、助けてください。こんな死に方はいや。こんな死に方はいやです。
     炎の向こうに、トマス、あなたの顔が見えます。
     トマス、トマス、あなたは笑っているのですか、それとも泣いているのですか。
     トマス、みんな間違いでした、すべてが間違いでした。炎の中に救いはありません。死によって救われるなんて、嘘、みんな嘘でした。死ねば肉体から解放される。そう、死にさえすれば救われるんだって。死ねば救われる。死ねば肉体から解放されるって、そう思っていました。
     でも、いつになったら死はやってくるのでしょう。いつになったら安らぎに包まれるのでしょう。ああ、こんなに苦しんでいるのに。これだけ苦しんでいるというのに、死はやってこない。死は迎えに来ない。いつまでこの中にいればいいのでしょう。
     誰か、誰か、殺してください、トマス、殺してください。」

     私はこの叫び声をずっと心の中に聞いていました。怖い、怖い、こんな死に方はしたくない。あー、あの声が追いかけてくる、殺してくれと追いかけてくる。
     あの者たちの声が聞こえた。あの炎の向こうに、あの苦しそうな顔が見えたとき、私の心の中に焼かれて死んでいった人たちの声が響いてきました。
     みんなの声が響いてきました。エクスクラルモンドの声が響いてきました。
    「こんなはずじゃなかった……」って。


     トマスは、エレオノーラから差し出された手記を読み終え、深い溜息を付いた。
     前に座っているエレオノーラの顔が、見も知らぬエクスクラルモンドの顔とだぶり、その顔が炎の向こうから笑いかけたように思えた。
    (やっとこの炎から救われます。)
     トマスには、そんな声が聞こえたように思った。
    「これはメディチ家に伝わった写本を私が書き写したものです。原本は、南フランスのとある修道院に『マリアの福音書』とともに隠されていたのを、ドミニコ会の異端審問官が見つけバチカン図書館へ納めました。」
     トマスは、エレオノーラの声に再び現実に引き戻された。
    「バチカンの中にも、教皇さまの周囲にも、私たちの仲間はいます。」
    「アレッサンドロ枢機卿さまのように?」
    「そう。でもそれが誰なのか、私には分かりません。一人は、シクストゥス教皇様の秘書官だった方。この方は『シクストゥス聖書』改訂の過労の中でお亡くなりになられました。もうお一方、『シクストゥス聖書』の秘密を握っておられる方がおられるようなのですが、アレッサンドロさまにもお分かりではないようです。すべてを把握しておられたフランチェスコ大公さまもビアンカさまも、そのことを明かされる前にお亡くなりになりました。ベラルミーノ枢機卿様も、このことに薄々気づいておられ、密かに捜索されておられるご様子です。このことがプロテスタントの方々にでも漏れたら、バチカンにとっては大打撃ですから。」
     そう言いながら、エレオノーラは一枚の紙片を取り出した。
    「このメモをあなた方に託します。ビアンカさまから『もし、私の身に何かあったら』と託されたものです。」

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