孤児たちのルネサンス −トマスの物語− vol.21

2009.12.18 Friday

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    オノフリオ修道院回廊
                     (フィレンツェ・オノフリオ修道院の回廊)

    21

     エレオノーラには、すべてのことが、あの日本の少年たちがイタリアを訪ねてきたときから始まったように思えた。歓迎舞踏会の席で、ビアンカ大公女にリードされながら顔を真っ赤にして踊った日本の少年たち。やがて少年たちも興奮さめやらぬまま、それぞれの部屋に引き上げ、華やかな宴も終わりを告げた。
     その夜、皆が寝静まった頃、フランチェスコ大公の書斎に、当のフランチェスコをはじめ、ビアンカ大公女、アレッサンドロ枢機卿、エレオノーラの四名が集まった。
     フランチェスコが、エレオノーラに向かって、
    「この集まりは非公式のものであり、公にされるべき性格のものでなく、ここに集まった者たちの生命ばかりか、メディチ家の命運にも関わる内容である。余は、后よりそなたの話を聞き、アレッサンドロ枢機卿とも相談した結果、ぜひ、そなたにも我々のことを知ってもらいたいと思った。いや、そなたには知る権利があると思った。
     どうじゃな、そなたに真実を聞く勇気があるかな。それとも、何も知らずに一生を終えるか。あながち、その方が幸せだと言えないこともないぞ。」
    「どのような話か存じませんが、私の置かれている状況が、今より悪くなるとは考えられません。それに、このような話し方をされては、私の好奇心が治まりません。このまま知らずに済ませるなどとは思いも寄らないこと。」
     トマスは、自分やミゲルがアレッサンドロ枢機卿と出会ったときのことを思い出した。
     あのときアレッサンドロ枢機卿は、フランチェスコ大公と同じ言い方をした。
    「あなた方が知りたくないと思うようなことまで知ることになるでしょう。あなた方にその勇気と覚悟がないのなら、シクストゥス聖書は忘れることです。」
     あのとき、トマスもエレオノーラと同じようなことを思った。
    「ここまで聞いて、自分の好奇心と折り合いを付け引き返せる人間がいたとしたら、それこそ勇気のある人間だろう」と……。
     トマス等に分かるわけもなかったのだが、それは、ある秘密な集まりに参加する儀式のようなものであった。その集まりとは、「インクナブラ」、その名は「印刷の揺籃期」を表しており、その目的と活動は、真実を活字に残すこと、および真実を追究しようとして出版された世界中の書物の収集と保護、そして真実を追究しようとする「人」と「団体」を支援することにあり、個人的には、その学習を通して「人生の真の目的」に自らが気付いていくことにあった。
     その起こりは、初代コシモ(コシモ一世ではなく、メディチ家隆盛の礎を築いた老コシモ)の時に創設された「プラトンアカデミー」にまで遡る。フィレンツェが芸術の都と呼ばれるようになったのは、このコシモ一人の力によると言っても過言ではない。コシモは、パトロンとして多くの芸術家を育てるとともに、哲学家や思想家、それに占星術や錬金術士、その他諸々の魔術士たち──と言っても、今の自然科学者や化学者、数学者、音楽家までを含んでいたが──の経済的擁護者であるばかりか、バチカンからの庇護者でもあった。
     そして、彼自身が研究者でさえあった。
    「プラトンアカデミー」は、表向きは、プラトンの「饗宴」を輪読し、これについて語り合う哲学者たちのサロンという形をとっていたが、その創設の目的は、「人間」という存在の根本を探ることであり、それを包む「自然」の秘密や法則性を探り出すことであり、それは、とりもなおさず「神」の秘密を知ろうとすることであった。
     このために、キリスト教という枠に縛られることなく、ギリシャ哲学が学ばれ、アラブの医術が学ばれ、占星術や錬金術、それにカバラ(ユダヤ神秘主義)やグノーシス主義が学ばれ、またそれらが討論の論題にのせられ吟味された。
     もちろん、こういった研究は、バチカンから言わせれば「神を冒涜する」行為なわけだが、コシモは、一方で芸術家や建築家を奨励し、絵画や彫刻をもって神を賛美し、次々と教会を建てた。それは見方によれば、バチカンへのカモフラージュと捉えられるが、コシモにとっては、このこと自体が、神への挑戦でさえあった。それは、あたかも「この荘厳な教会を建てたのは……、この輝くまでの美しさを創造したのは……、すべて人間の力、すべて人間の技、すべて人間の感性に依っている」と言わんばかりであった。

    「少し待ってください。トマスの様子が変だ。」
     エレオノーラの息子、バルトロメオが話の流れを止めた。
     見れば、トマスは脂汗を流し、目は虚ろで小刻みに震えている。
    「……だ、大丈夫です。はじめて聞くことばかりで……なぜか、グノーシスという言葉を耳にしたとき、全身に鳥肌がたち、今も震えがおさまりません。これは一体どうしたことでしょうか?」
     トマスが苦しそうに言葉をはさんだ。
    「……それは恐らく、あなたの中にある過去の記憶、といってもあなたの生まれる前の記憶が表に出てきたせいだと思われます。」
    「……て、転生のことを言っておられるのでしょうか。それなら、キリスト教は否定しているはずですが……」
    「カトリックでは否定しています、それを認めれば都合が悪いから……。教皇や皇帝の過去世が羊飼いや盗賊だったらまずいでしょう。でも元々のキリスト教では、決して輪廻ということは否定していなかったわ。」
    「そういえば、ブルーノも言っていました。人は輪廻する。イエスも人の子だって……」
     ミゲルが得意そうに言葉をはさむ。
    「そうね、最初は聖書も教会もなかった。イエスさえ礼拝の対象じゃなかった。ただイエスの話す内容だけがあった。イエスが説こうとしているもの、イエスが目指そうとしているものだけが問題だった。」
     エレオノーラの話は、キリスト教以前から存在するグノーシス派と呼ばれる人々のことにおよんだ。グノーシスとは、ギリシャ語で知識を意味する。この派の人たちは、何よりもまず、万物の存在理由を説明し得る完全な知識を所有することを望む。それはただ単に信仰にとどまらず、霊的な直感によって神の啓示を得、自らを叡智の世界の極みにまで高めようとする。それは勢い肉体を堕落した物質世界ととらえ、その肉体から己の魂を解放することを究極の目的とするようになる。
     イエスの死後、彼の妻であったマグダラのマリアは、彼の生の声、生の教えを伝えて回ったが、その教えは、このグノーシス派の流れと混じり合い、その流れから、やがてマニ教が生み出され、キリスト教最大の異端とされるカタリ派が生み出されるに至った。
     それはイエスのもともとの教えが、いやイエス自身がグノーシス主義の影響を受けていたことに他ならなかった。
     グノーシス派には男女の区別がなかった。女性が蔑視されることもなかった。この流れから生まれたキリスト教カタリ派では、教会もなく、神父もなかった。押しつける規律もなく、ただ自分という存在の目的に気付いた者だけが、ペルフェルティ(完徳者)として、肉食を絶ち、粗末な衣を身にまとい、質素な生活の中で教えを説いて回った。
     彼らは、自分に強いることを、決して他人に強いることはなかった。また、このペルフェルティ(完徳者)には女性でもなれた。というより女性の方が指導的役割を果たしていたと言える。カトリックがキリスト教の中心となって堕落し、その制度や組織の維持に汲々とするようになっても、カタリ派は人々の支持を得、人々の心の中に広がっていった。
     華美な僧衣に身を包み、ぜいたくな生活をする聖職者には、とてもこの流れを止めることはできなかった。バチカンが、いくら「カタリ派の教えは異端である」と叫んだところで、言うことと形が一致しない聖職者の言うことなど、だれも耳を傾けようとはしない。
    こんな流れの中で、南フランス一帯が、カタリ派活動の最大の拠点となっていった。

    (どうして南フランスなのだろう……)
     朦朧とした意識の中で、トマスは漠然とそんなことを考えていた。
     話を聞きながら、トマスの震えはおさまるどころか、ますます激しくなり、そしてカタリ派という言葉を聞いたとき爆発した。胸の中から噴き上げてくる塊に、トマスは遂に、こらえきれなくなって叫びだしていた。叫びながら、一つの思いに耳を傾けていた。
    (モンセギュール、モンセギュールを忘れるな。トマス、トマス…………) 

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