「トマス荒木を歩く」 vol.15 エレオノーラとビアンカ大公女

2009.12.05 Saturday

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    フィレンツェ アルノ川
                        (フィレンツェ アルノ川)

    コジモ1世その日、エレオノーラは許されて一人の客と面談した。姦通の罪で修道院に幽閉のように閉じこめられ、既に二十年が過ぎようとしている。
    その客とは、遙か日本から来たトマス荒木。二人は中庭をめぐる回廊を歩きながら話した。
    ロレンツォの時代から百年が過ぎ、共和制都市国家フィレンツェは解体し、トスカナ大公国として再生していた。一度はフィレンツェの街から追放されたメディチ家だが、今ではトスカナ大公国の君主として返り咲いている。しかし、メディチ家に往時の勢いはなく、むしろ熟れたザクロのごとく退廃の極みに達し、トスカナ大公国を興したコスモ一世(初代コスモとは別人)からして、自ら実の娘と実の息子を殺す羽目に陥り、自らの血が招いた忌まわしい出来事の連続に、英昧な領主の気性も失われ、次から次へと女性を漁る、さびしくも哀れな男になり果てていた。
    そんな父の摂政を勤め、やがて父の後を襲うフランチェスコ一世も、弟であるフェルディナンド一世に夫婦ともに毒殺される始末であり、まさにこの時代のメディチ家は地獄のまっただ中を漂っていた。
    ここにいるエレオノーラも、そんな男たちの犠牲者の一人だったのかも知れない。父親ほども年の違うコスモ一世に見初められ、その愛人となり、さらにはコスモの息子ピエロに犯され、その事実を隠すために、コスモの部下と結婚させられた。あげくは、その夫から姦通者としてこの修道院に幽閉された。
    ビアンカ大公女そんなエレオノーラを訪ねてくれる唯一の人物が、フィレンツェ大公女ビアンカ・カッペロであった。
    ビアンカは、ベネツィアの名家カッペロ家の令嬢だ。それが一介の銀行書記ピエトロと駆け落ちをした。ピエトロはベネツィアでも名うてのプレイボーイ。ビアンカは、その美貌とカッペロ家という家柄ゆえに、ベネツィア中の男性から熱い目で見られていた女性だった。
    女性の処女性が、政治や経済上の駆け引きにも高い商品性を持つ時代であり、ビアンカもいずれはヨーロッパの名家と縁組みする運命だったろう。その大事な駒を横手からかっさらわれたのだから、カッペロ家としては腹の虫がおさまらない。たちまちピエトロの首に懸賞金がかけられ、たくさんの刺客が二人の足どりを追った。
    捕らえられれば、ピエトロは即刻死刑、ビアンカは修道院に幽閉される。
    そんなピエトロが、ビアンカを連れ、逃げ込んだのが、フィレンツェの両親のもとだ。フィレンツェはベネツィアとは対抗関係にあり、常に熾烈な争いを繰り返している。それだけにビアンカの扱いも難しいわけだが、それ以上にフィレンツェの民衆は、この二人にやんやの喝采をおくった。
    二人の話題は、たちまちフィレンツェ中を駆けめぐる。フィレンツェの若い男たちは、命がけで深窓の令嬢を勝ち取ったピエトロに拍手を惜しまない。と同時に、垂涎の眼差しを隠そうともしなかった。当時はまだ摂政の地位にあったフランチェスコ一世も、ビアンカに興味を覚え、彼女を一目見ようと彼女の家をそっと訪れる始末だ。
    フランチェスコ1世将来フィレンツェの大公となるべきフランチェスコ一世がビアンカを見た。そのときから、またまたビアンカの運命が大きく動いた。フランチェスコはビアンカを見初め、彼女を愛人として自らの屋敷に迎え入れた。ピエトロにしても、彼女に飽きてきたところだ。フィレンツェでの貴族の地位と交換に、ビアンカをフランチェスコに譲ることになった。
    フランチェスコは、この時代、メディチの人間としては家庭的な人間だと思う。確かに、父のような英雄的で非凡な人間ではなかった。ただ彼は、ビアンカという一人の女を愛し続け、彼女もこれに応えた。
    ただ彼にはハプスブルグ家から嫁いできた妻ヨアンナがいた。妻ヨアンナにとっては悲劇だったに違いない。美貌、教養、やさしさ、どれをとってもビアンカにはかなわなかった。浮気ならまだ許せるだろうが、フランチェスコは、ビアンカしか目に入らなかった。どれだけ二人を呪ったかしれない。時にはビアンカに刺客を向けることもあった。……が、すべて失敗に終わり、あげくは自分の方が先に死ぬ羽目に陥った。
    こうしてトスカーナ大公女となったビアンカだったが、この時代、ヨアンナや自分をはじめ、たくさんの女の苦しみをその目にしてきた。エレオノーラにしてもそうだ。男の身勝手に振り回され、修道院に監禁同様の身の上……まかり間違えば、自分が修道院に幽閉されていたかも知れない。ビアンカは夫フランチェスコに何度、彼女の赦免を願い出たか知れない。
    それが叶わないと知った時、せめて彼女を慰めようとその修道院へ訪ねる日が多くなった。
    そんなエレオノーラが、唯一、修道院から出た日がある。
    遥か日本から四人の少年たちが、ピサの港に着いたときのことだ。ビアンカのたっての願いで、少年たちの歓迎パーティへの出席が認められたのだ。少年たちがローマ法王への宗教的な使節だったことが、修道女であるエレオノーラの参加をたやすくしたのかも知れない。
    エレオノーラにとっては夢のような毎日だった。ピサへの旅行。華やかな舞踏会の雰囲気。見たこともない東洋へのあこがれ。初めて踊るダンスに、ステップを間違えながらもぎこちなく最後まで踊った日本の少年たち、ビアンカの抱擁に耳まで真っ赤にした日本の少年……。
    そして、この翌々年、フランチェスコ一世とその妻ビアンカは、実の弟であるフェルディナンド枢機卿に毒殺され、もはやエレオノーラを訪ねてくれる人は誰もいなくなった。
    その後、エレオノーラは終生、修道院から出ることはなかったが、何かにつけ思い出すのは、あの歓迎舞踏会のことであった。

    フランチェソコ1世飛び安価の柩
     (フランチェスコ1世と妻ビアンカがほぼ同時に死亡。弟フェルディナンド1世の毒殺説)

    そんなエレオノーラの前に、またも日本からの来訪者が訪れた。エレオノーラは、トマスを前に、驚きを隠そうとはしなかった。というのも、彼女の知っている日本の少年たちは、まるで人形のようにぎこちなく、神父たちの言いなりに動いているように見えた。しかし、今、目の前に立つ青年は、自分の意志で、とんでもないものを探そうとしている。
    「シクストゥスの聖書……」
    エレオノーラはビアンカ大公女を通じて、その間の事情をすべて知っていた。ノストラダムスによって知らず知らずユダヤ神秘主義の影響を受けたシクストゥス五世のこと、そしてその編纂した「シクストゥス聖書」のこと、この聖書を異端として秘かに回収処分し新たに改訂版を出したベラルミーノ枢機卿のこと、そして、ものの本質や、その存在の秘密を探り出そうとするユマニストたちとバチカンの対立のこと……。
    フランチェスコ1世の書斎フィレンツェは神秘主義研究の拠点であった。それはトスカナ大公国に変わってからも変わることがない。初代大公コスモ一世自体、ユマニストの擁護者であり、化学の研究者でもあり、出版事業のプロデューサでもあったのだから。
    トマスは彼女を通し、フィレンツェで神秘主義と出会い、大きくその影響を受けることとなった。そして、彼女の口から意外な事実を知る。ただ一冊、残された「シクストゥス聖書」の行方を知る人物がいるという。それもローマに……。
    その人物というのが、最後のユマニストと呼ばれたジョルダーノ・ブルーノであった。彼は、異端者として告発され、ヴェニスで捕らえられ、
    今はカステル・サンタンジェロの牢獄にいるという。彼に会えば、「シクストゥスの聖書」の行方もわかるだろうと……。
    トマスは、「シクストゥス聖書」もさることながら、それより何よりブルーノという人物に会ってみたかった。

    私は今、ロレンツィアーナ図書館の奥間で、メディチ家が集めた古文献の中にいる。今ではガラスケースの向こうにしか見ることができない数多くの資料。でも、あの紙の手触り、あの紙のにおい、大型本の頁をめくるときの音と感触が、自分の中でよみがえってくる。

    フ¥フィレンツェの城門
                          (フィレンツェの城門)

    トマスはローマへ帰った。
    そして、カステル・サンタンジェロの闇の中で、ブルーノと出会い、カンポ・デ・フィオーレの青空の下、ブルーノの火刑に立ち会わされた。ブルーノの処刑に立ち会った五人の修道士──深々と顔を覆うそのフードの下に、一人の日本人の顔が隠されていたとしたら……。
    処刑後、呼び出された異端審問所で、トマスは神秘主義への関心を断ち切られた。と同時に、トマスは自らの心の底からキリスト教を閉め出した。日本へ帰る日まで、トマスはベラルミーノの監視下に置かれ、やがて教区司祭という形だけを引きずり日本への帰路についたのである。

    ホテルへ帰り着くと、キャセイ航空から香港へ帰る飛行機便が遅れる旨、連絡が入っていた。その便でOKなら連絡は不要だという。一抹の不安が残り、メモにある電話番号のところへ電話を入れるが、どうしてもつながらない。伝言を聞いてくれたフロントの男性もやってみてくれるが、それでもつながらない。彼は責任を感じたのか、フィウミチノ空港の電話番号を調べ、何とか連絡を取ろうとしてくれるのだが、それでもうまくいかない。面倒くさくなり、念のため、明日は早立ちすることに決め
    「明日は朝食はいらない」と伝え、部屋に入った。
    いよいよ明日はイタリアを離れる。一時退避のつもりで来たフィレンツェで長居してしまった。ローマでまだ行かなければならないところを残したままだ。でも、今のまま、またローマへ戻る気にはなれない。
    いつになるか、また日を改めることにしよう。
    明日は空港へ直行し、予定通り、香港を経由してマカオへと向かうことにする。明朝、ホテルのカプチーノが飲めないのも残念だが……。 

    コメント
    偶然につけたテレビからイタリア、フィレンツェの街、サン・マルコ・・・管理者さんもここを歩いたのかぁ!?と思いながら見ていたら、管理者さんのブログを読んでいる時に起こるあの、めまいがやってきた。パソコンの見すぎと思っていたが、どうやら自分の闇と出会っているらしい・・・(^^;
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    • 2009/12/06 12:01 PM
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