かつらぎ取材日記/植田定信さんと大和鉄道100周年 その1

2018.10.06 Saturday

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     大和鉄道というのをご存じでしょうか?
     その変遷をたどっていると話しが長くなるので端折(はしょ)らせていただきますが、要は奈良の北西部から中央部(新王子〜桜井)を走るローカル線で、元をたどると明治45年(1912年)7月14日、田原本鉄道株式会社として設立され、大正6年(1917年)1月に大和鉄道株式会社と社名変更されました。
     そして、その翌1918年(大正7年)には、 新王寺〜田原本(現在の西田原本)間が開業され、今年で100周年を迎えるという次第です。

     

    大和鉄道100周年を記念して復刻塗装列車第2弾のダークグリーン塗装車両が運行


     全盛期には、新王寺から桜井間の17.6kmを鉄路でつなぎ、その駅数も12駅を数えていたのですが、昭和36年(1961年)には信貴山鉄道に吸収され、その2年後には田原本〜桜井町間が廃線となり、昭和39年には近畿日本鉄道株式会社に吸収され、近鉄田原本線として現在に至っています。
     さて、その100周年記念行事が、2018年7月28日 〜29日にかけて、この広陵町でも箸尾駅を中心に、教行寺や旧商店街地域一帯で盛大に開かれることになっていたのです。

     

     ところで、この箸尾駅ですが、現行区間(近鉄田原本線)の「新王寺駅」から「西田原本駅」までのちょうど中間点に位置しています。
     「新王寺駅 - 大輪田駅 - 池部駅 - 箸尾駅 - 但馬駅 - 黒田駅 - 西田原本駅」、こんな感じです。このため「箸尾駅」周辺は、今でこそ落ち着いた町並みに変わっていますが、一昔前は、駅前の商店街を中心に映画館あり、写真館ありと、随分と活気を帯びた町並みだったようです。

     右図は、100周年記念にあわせ、広陵北小学校児童と、畿央大学の有志学生諸君の「まち調べ」のパネルですが、これによると、駅を出て箸尾商店街へ入ったところに「箸尾劇場」という映画館があったようです。この劇場、屋根がトタン張りで、雨の日は「雨の音で映画の音が聞こえなかった」とか、なんとも興味深い記事が紹介されています。

     このほかにも線路をはがして鉄砲に利用した話しや、最初に導入された車両が「ボールドウイン社製の1001蒸気機関車」だったこと、その蒸気機関車から電車運転に切り替えられたのが、戦争が終わって3年後の昭和23年6月25日だったこと等々、なかなか興味深くきめ細かな調査がおこなわれています。

     そして箸尾の町発展の中心となる「箸尾駅」そのものをミニチュアで再現しようと挑戦したのが、ドールハウス作家の植田定信さんです。100年の間には資料も散逸し、古老の話を元に再現するしかないのですが、その復元作業が、広陵町「はしお元気村」の会議室で、約半年にわたっておこなわれました。 

     

    現在の箸尾駅(無人駅舎)とホーム
    大和鉄道100周年の舞台となるはずだった箸尾駅前の商店街と教行寺

     

     こうしてやっと、そのお披露目の日が来るというのに、なんと台風12号が異例の進路をとり近畿地方を直撃したのです。

     100周年記念行事は、「延期」でなく「中止」の決定がされ、植田さんの苦心の復元結果も、広陵北小学校児童と畿央大学学生諸君の「まち調べ」も、無念にも公開できないことになってしまいました。

     ところがです。9月22日、23日の両日、恒例の「広陵かぐや姫まつり」が竹取公園で開催されましたが、ここで「大和鉄道100周年」のテントが設けられ、ようやく、これまでの苦労が日の目を見ることになったのです。

     

     そればかりではありません。「かつらぎ探検ガイド」取材班が追いかけてきた、植田定信さんの「箸尾駅のミニチュア復元」の模様や、彼とその仕事についても、これでやっと紹介できることになったという次第です。

     

    ◎2018年6月13日(はじめての作業現場訪問)
     話を戻しましょう。

     2018年の6月13日、この日、広陵町の広報で、「大和鉄道百周年記念行事」や「箸尾駅のミニチュア復元」のことを知り、「はしお元気村」で作業中の植田定信さんのもとを、はじめて訪問しました。
     はしお元気村は、広陵町が運営する会館施設で、お風呂やリラクゼーション室も併設され、住民の憩いの場となっていますが、その第1会議室で「箸尾駅のミニチュア復元」の作業がおこなわれていました。

     正面入り口を入ったホール正面には「大和鉄道のこと、箸尾鉄道のこと教えてください!」というパネルとともに、植田さんのドールハウス作家としての作品「お好み焼きのさとちゃん」と「小学校の校舎入り口」のミニチュアが展示されていました。

     まずはその精密さに舌を巻くことに……。

    「ツバメがいます。探してください」とありますので、探してみると軒下にツバメの巣が作られ、3匹の赤ちゃんツバメが口を開けてお母さんの帰りを待っています。ツバメばかりか、こちらまで、その精巧さに開いた口がふさがりませんでした。

     目的の第一会議室に入ると、中央のテーブルいっぱいに線路が敷かれていますが、駅舎はまだ作成途中という感じでした。

     テーブルの上のレールには、あの1001型と同タイプの蒸気機関車(ミニチュア)が走っています。

     

     

     

     ミニSLやミニチュアに見とれている場合ではありません。肝心の植田さんはどこなんでしょう。

     ふと横手に目をやると、こちらの反応を楽しむかのように微笑んでいるハンチング姿のお兄さんがいました。

     これが植田定信さんでした。

     

    駅舎の部分は仕上げを待つばかり、宿直室もつくられ、古老の聞き書きが次第に形となっていく。

     

     お話をお聞きすると、植田さんは、もともとはお肉屋さんだったと言います。

     「お肉屋さん」と「ドールハウス」…………? どうもしっくりと結びつきません。

     そんな思いを察したのか、植田さんがドールハウスをはじめたいきさつを話してくれました。

      ◇

     地方に残る民話や言い伝えを「ドールハウス+ジオラマ」で再現したいと夢を
    語る植田定信さん。

     桐生さんはどうか知りませんが、普通の人は、仕事のストレス発散とかで、お酒を飲んだり、パチンコいったりしますよね。でも、僕はお酒がダメだし、パチンコ行っても、ちっともストレス解消にならないし、そこで、元来、ものづくりが好きなもので、プラモデルへ走りました。やってるうちに、よくプラモデルを買いにいく店の店長さんが、僕の作品を見て、『一度、コンテストに出したら』と声をかけてくれたんです。

     では、というので、早速に応募したらこれが優勝してしまった。優勝するって認められるってことでしょう。これがうれしくてうれしくて、ストレス解消どころか、どんどんその世界にのめり込んでいく。そのうち、プラモデルではもの足らず、プラモデルに地面や背景を合わせてつくるジオラマへと進んでいきました。

     これは楽しい……しかし、これにも飽きちゃって、もっと楽しいものはないかと行き着いたのが「ドールハウス」というわけです。プラモは最初から形がありますよね。それより一(いち)から木を削って自由な形を作り出す、このほうが面白いわけです。

     ただドールハウスというのは、部屋の中を作るんですが、僕はもともとジオラマをやっていたから「外」も作れるんです。だから僕のつくるものは「ドールハウス」+「ジオラマ」というわけです。

     今回の箸尾駅を再現する仕事は、資料が、なんにも残ってないんです。当時を知るお年寄りが見取り図のようなメモを描いてくれましたが、この紙切れと、聞き取りだけが頼りです。

     

     

    2018年7月24日(二回目の作業現場訪問)

     今回は二回目の現場訪問ですが、駅舎全体が形をなし、その精巧さに唖然としてしまいました。前回、古老の記憶とメモだけを頼りに「箸尾駅」のミニチュア再現に取り組んでいると聞いていましたが、それにしては実にリアルに再現されています。当時のポスターから、自販機の形、何から何まで調べて形を組み立てていく。ドールハウス作家というより、歴史考証に取り組む学者の仕事+職人技、そんな感じを受けました。

     以下に、その精緻な仕事結果を写真で紹介し、この稿を閉じることに致します。

     

     

    全体が姿を現した箸尾駅のミニチュア

     

    ホームを飾るポスターや看板類がなつかしい。

     

     次回は、いよいよ「広陵かぐや姫まつり」でお披露目される「大和鉄道100周年」と「箸尾駅ミニチュア」の公開模様をレポートさせていただきます。

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