かつらぎ取材日記/梅乃宿酒造の挑戦

2018.08.24 Friday

0
    樹齢300年の梅の古木。春になるとこの古木にウグイスたちが集うことから「梅乃宿」の社名が起こったという。

     

     葛城市に「梅乃宿」という酒蔵があります。僕が政府刊行物大阪SSに勤務していた頃、近くに「むかし料理 割烹 今昔」という飲み屋さんがありました。そこの酒匠であり女将さんが野村幸子さん(右写真)。僕の大の友人ですが、この「今昔」、ただの飲み屋ではありません。哲学の山折哲雄さん、作家の開高健さん、農学博士の中西喜次さん、天文学の加藤賢一さんと、そうそうたる顔ぶれが常連客という、知る人ぞ知る小さな居酒屋さんなのです。

     今では「今昔」も店をたたまれていますが、お互いがバリバリ頑張っている頃、僕が「肥後橋官報ビル」の空き室を使って、「五絃琵琶の催し」や「三線の催し」等々を、週末の金曜日、「夕べのサロン」として開催したことがあります。ここではメインの催しの合間に、中国茶やお酒の試飲などを楽しむという趣向もあって、結構人気があったものです。この試飲会に野村さんが、梅乃宿さんからの寄贈として、フィリップ・ハーパーさん(イギリス人)が作ったお酒を持ち込まれたことがあります。当時、ハーパーさんは「梅乃宿」の蔵人として働いていました。野村さんは「若いが良いお酒だ」と、この酒を集まった皆さんに紹介するとともに、利き酒の仕方を手ほどきされました。

     これが、僕が「梅乃宿」という酒蔵を知った最初です。30年ほど前のお話しですが、当時、イギリス人が酒造りなどというと、「イギリス人に日本酒の何が分かる!」と一笑に付されたものです。そんな時代に「蔵人」とはいえ、イギリス人に酒を造らせる「梅乃宿」って、どんな進歩的な酒蔵なんだろう? また、日本酒を世界に伝えたいと活動するフィリップ・ハーパーさんってどんな人なんだろう? そんな感想を持ったことがあります。

     そして今、定年退職後も、奈良で気ままに本作りをやっておりますが、その中に「かつらぎ探検ガイド」の企画があります。来年3月の出版を目指し、大阪芸大デザイン学科の有志の諸君や、葛城地区の市民グループ、それに中高生や社会人の若い人たちが協力してくださり、観光ガイドでは伝わらない葛城の魅力を探っていこうとするものです。そこで再浮上してきたのが、葛城の酒蔵「梅乃宿」の記憶です。

     調べてみると、ハーパーさんは京都北部の「木下酒造」の杜氏(酒造りの責任者)となって移っておられましたが、男性中心の酒造りの社会で、「梅乃宿」はトップから社員に至るまで、女性が活動の中心にいるように感じました。やはり「梅乃宿」は、今も伝統にとらわれず、新しい社会への適応を目指しチャレンジし続ける酒蔵のように感じました。

     そこで「梅乃宿」の女性社長 吉田佳代さんに、いきなりインタビューを申し込みましたが、なんと、たちまち快諾いただき、今回の取材となった次第です。

     以下に、吉田社長に取材させていただいたあらましを掲載させていただきます。

     

     

     梅乃宿酒造株式会社は、創業して126年目になると言います。

     一般の社会では「ずいぶん古い会社だねぇ」なんてことになるのですが、日本酒の世界では若い会社ということになるそうです。このため「いつも新参者の気持ちでやってきました」と、吉田佳代社長(右の写真)は言われます。

     社名の由来をお聞きすると、蔵の向かいの本宅庭に樹齢300年の梅の古木があり、毎年春になるとその木にウグイスがやってくることから、「梅乃宿」という名前がつけられたと言います。

     吉田社長が「お酒って冬にしかできないのはご存じですよね?」と問いかけられました。

    「えっ、知りませんでした !」と僕――。
    「日本酒は冬に造るものなんです、逆に言うと冬にしか造れないものなんです。」

     そこで、後日調べてみると、寒造りとは、最も酒造りに適しているといわれている12月〜翌年2月頃までの寒い季節に酒造りを行うことを言います。

     なぜこの季節が酒つくりに向いているかというと、寒いことで雑菌が繁殖しにくい時期であることが第一に上げられるようです。また良いお酒を造るために、低い温度で管理したいことも、寒い冬に造る理由の一つです。
     この寒造りは江戸時代に確立されたと言われ、計器類がない時代に杜氏をはじめとする蔵人は、発酵状態によって変わる香りや味、肌に感じる温度変化などを頼りに、とぎすまされた感覚によって把握し、複雑な酒造りに対応してきたということらしいのです。

     

     

    今は機械化され、電子制御される梅乃宿の製麹室。

     

    (吉田社長のお話に戻りましょう。)

     従ってお酒をどんな人たちが造っていたかというと、半年雇用、つまり地方の豪雪地帯のお百姓さんが、冬の間、出稼ぎで住み込んでお酒を造っていたんです。
     伝統的な杜氏(酒造りの技術的責任者)は、夏場は自分の村で農業を営んで、秋に刈り入れが終わると、杜氏は自分の村の若い者や、近隣で腕に覚えのある者に声をかけて、その冬のための、いわば酒造りチームを組織します。杜氏は彼らを秋に引率して蔵元へ連れていき、酒造りが終わる春まで、約半年間寝起きをともにして働くことになります。
     これが昔から日本酒を造っていた人たちの姿です。
     梅乃宿では、かつては但馬杜氏(兵庫県)、20年ほど前からは南部杜氏(岩手県)が、この酒造りを請け負ってくれていましたが、最近では杜氏の率いる酒造り集団が高齢化し、かといって、これまでの雇用形態では、若い人の参入も難しいという状況になってきました。若い人で専業農家をする人がいないこと、たとえあったとしても、半年間、奥さんや子どもと離れ、他人の家で住み込みで働く、こんな働き方は今の時代に合わないとなってきたのです。こうして酒造りの設備も販路もあるのに、作り手が高齢化でいなくなる、そんな状態になってきました。
     今から約20年前と言いますから、ちょうど21世紀に入るか入らない頃になるのでしょうか、冬場の半年雇用では人が集まらないため、この頃から年間雇用に切り替え、地元で人を採用するようにされたと言います。この人たちが、冬場にやってくる杜氏集団の人たちと一緒に働き技術の習得に励むようになった訳ですが、ここで困ったのが、冬場の酒造り以外の期間、余剰労働力をどうするかということです。
     そこで思いついたのが「梅酒」なんです。梅の実は、5月、6月、7月に実が採れますので、ちょうど酒造りの閑散期に「梅酒」が造れるということになったわけです。
     普通、「梅酒」は焼酎やホワイトリカーで漬けるんですが、酒蔵でやるんだから、同じ造るなら日本酒仕込みで梅酒を造ろうということになったわけです。
     最初の年は試しにタンク一本分を造りました。これがあっという間に売れ、翌年は思い切ってタンク2本分を造りました。これも、またあっという間に売れ、先代が「来年はタンク20本分造るんや」とムチャクチャを言い出したそうです。みんなの止める声も聞かず、3年目は「鶴の一声」で、梅の実も購入済みだからとタンク20本分の梅酒が造られることになりました。

     ちなみにタンク一本分がどれほどの量か、吉田社長に教えていただいたところでは、「梅乃宿」の梅酒タンクでは、タンク1本で梅酒の原酒が7,000リットル出来、これを製品にすると、1.8リットル換算で、約6,500本分になるそうです

     これが20本分のタンクとなると、1.8リットルの梅酒が130,000本分! となります。

     これって素人が見たって、何が何でも無茶苦茶な数字ですよね。
     ところがです! この年、全国的に梅酒の大ブームが起こったんです。ほかにも日本酒仕込みで梅酒を作っていたところはあったのですが、急激なブームでどこも在庫がない。梅酒造りは時期が限られており、しかも仕込みの期間が長いため、品切れしてしまうと品切れの期間も長くなってしまう。そんなとき、奈良の「梅乃宿」が大量に梅酒の在庫を持っているというので、一躍「梅乃宿」が注目を集めるようになったと言います。
     これに輪をかけたのが、漬け込んだあとの梅の実の再利用です。何十トンという大量の梅の実を廃棄するのがもったいないと、種を取り、すりつぶして一緒に入れてしまうことを考案しました。こうして「あらごし梅酒」が誕生しました。これが梅酒ブームに乗って更なる大ヒットを生み出したというわけです。
     梅酒をはじめた頃は、伝統的な清酒づくりの酒蔵が、家庭でもできる「梅酒」に手を出したというので、蔵仲間からは批判され、バカにもされてきたのですが、今では多くの酒蔵が梅酒造りに参入しているという現状です。

     

     

    「全国で、どれぐらいの酒蔵があるかご存じですか?」

     またまた吉田社長からの難問です。

     予習して来なかったことを後悔して、ガマの脂汗よろしくタラーリタラリ……。

     私と来た日には適当に答えるにも根拠がないと答えられないという困った性分。「葛城で6件だから、奈良全体では何件かなあ……」と、しどろもどろのありさま。

     見かねた社長が「全国で1700件もあるんですよ。かたやビールは大手4社で造っているんです。最近クラフトビールもありますが、99.9%ぐらいは、この4社で造っているんです」と助け船。

     このあと調べたところでは、全国にある酒蔵の数は、新潟の88件がトップで、奈良は31件あり、三重と並んで21番目ということになります。

     では社長の話に戻りましょう。

    「次に日本国内のアルコール消費量を100としたら、だいたい6〜7割がビール。これをほぼ4社で作っている。これに比べお酒は、日本の国酒と言われているんですが、7%を切って6・数%としか飲まれていないんです。それなのに日本の酒蔵はいまだに1700件あるんです。これも少なくなっての数字で、最盛期の江戸時代には1万件を超えていたんです。これから酒蔵の数はまだ減っていくでしょうが……。

     では、これから日本酒は伸びるのかというと、日本の人口は減少傾向で、文化レベルが上がれば上がるほど一人ひとりのアルコールを飲む量が減っていくという傾向にある。そこへ飲まれるアルコールの種類が増え、日本酒を選んでいただくパーセントが減っていく、いわば三重苦という状況の中で、日本国内の日本酒を見たとき伸びる要素は全くないというのが本当のところです。」

     そこで考えられるのが、海外へ日本酒をひろめていくという方向になる訳ですが、これについて吉田社長は次のような話をしてくれました。

    「いざ世界に目を向けてみると、和食がユネスコ無形文化遺産に認定されたことで、日本酒にとっては追い風になっています。その中で私たちは輸出に力を注いでおり、今、全体の売り上げの2割ぐらいが海外への輸出になっているんです。多いのは、香港、台湾、中国、アメリカで、ほぼこの4つのエリアで輸出の8割ぐらいを占めています。実は、この売り上げの2割が輸出で占めているという数字は、大手さんも含め、ほぼベスト5に入るという状態で、梅乃宿が日本酒の輸出という面で大成功していると言えるでしょう。」

     上の写真は、「新しい酒文化」を世界に拡げていこうとする「梅乃宿」さんの意気込みが感じられるパネル展示ですが、そこに一枚のレポート用紙が貼り付けられてありました。

     読みにくいと思いますので、その全文を以下に掲げ、このレポートの締めくくりにしたいと思います。

     挑戦状
     いま、日本酒が世界的な人気とはいえ、世界を舞台にワインに匹敵する存在になることは容易ではありません。

     しかし、私たちは挑戦します。
     世界中、どこでも日本酒が味わえることを目指したいのです。
     そのために大事なのは、前向きな姿勢。
     たとえば日本酒を飲む習慣のない国に降り立ったとき、
     「誰も飲んだことがないので日本酒の市場はない。売れるわけがない。」と思う人と、
     「日本酒の魅力が伝われば、市場は無限大だ。」と思う人。


      私たちはいつだって挑戦者。
      後者のような前向きな考え方をもって一歩を踏み出し世界に日本酒を提供していきたいと考えています。

     このあと、吉田社長自ら酒蔵を案内していただき、お酒造りの細かな興味深いお話をしていただきましたが、それはまた別の機会とさせていただきます。

     

    チャーミングな吉田社長に酒蔵を案内していただき、恐縮するやらうれしいやら、感謝です。

     

    製麹室(左上)とヤブタ式搾り機(左下)、右は麹菌です。

     

    梅乃宿の店舗部分です。奈良漬けが並んでいますが、清酒発祥の地は奈良で、酒を造った後の酒かすで漬けたのが奈良漬けというわけ。

     

    ※後日談になりますが、この「梅乃宿」取材直後数日して、我が「自遊空間ゼロ」で陶芸教室が開かれました。ここへイタリア人グループ4人の方が、突然ゲストで参加されることになったのです。ナポリの南東に隣接するポテンツァ在住の二組のカップルなのですが、この方々に、梅乃宿の原種「風香」を飲んでみていただきました。口々に「ボーノ」と喜んでいただきましたが、そのなかに一人、日本人の奥さんがおられ、彼女から貴重なお話を聞かせていただきました。

     ポテンツァはイタリアの南にある田舎町ですが、こんな田舎町でも3件の日本料理店があります。どの店も日本人の経営でなく、イタリア人の経営だったりインドネシアの人だったりで、名前だけの日本料理店のようですが、これらの店でも「日本酒」が置いてあります。ただ「日本酒」というだけで、どの銘柄とか何を飲まされているかは分かりません。ここポテンツァでは「和食」「日本酒」という名前だけがヒットしているという状態だと思います。

     このご夫婦は、今回は時間がなく帰られることになったが、酒蔵に興味があり、次回必ず来るので、その時は「梅乃宿」に連れて行ってほしいと頼まれた次第であります。

     

    ポテンツァから参加されたイタリア人グループに「梅乃宿」の原酒「風香」を楽しんでいただきました。
    コメント
    コメントする
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL