かつらぎ取材日記/関屋鉄道

2018.08.14 Tuesday

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     香芝市内を関屋鉄道が走っているって?
     大和鉄道100周年記念の取材をしている時、こんな話しを耳にした。
     でも香芝市内に、そんな鉄道が走っているなんて聞いたことがなかった。
     この話を紹介してくれたのは、香芝市で子育て支援の活動をしているNPO法人「T-seed」の多田さん。詳しく聞いてみると、ミニSLを自宅の庭に走らせている人がいるというのだ。それが「関屋鉄道」という次第。調べてみると、サンケイ新聞をはじめ、読売テレビ「大阪ほんわかテレビ」等々で紹介され、かなりの人気。これはぜひ「かつらぎ探検ガイド」に掲載したいと、まずは現地へ足を運んだ。
     あいにくご主人は不在だったが、奥様から名刺をいただき、後日、電話で取材の許可をいただいた。ただし取材は「運行日にお願いします」と言うことになり、8月の運行日はというと11日の祭日15:00〜17:00となる。このあと9月はお休みになり、次回は10月になるという。

     

    関屋鉄道/取材に先立って村本さんのお宅をまずは訪問させていただく


     

       ウオルト・ディズニーのレイルロード・ストーリー(原著)

     本来なら、取材はT-seedの多田さんと香芝市在住の小学校六年生の西本君にお願いする予定だったが、T-seedの活動日と重なっていたり、サッカーの試合当日だったりで、とりあえず私が取材に行くこととなった。

     運行開始の1時間前に村本さん宅にお伺いし、準備を見学しながらお話しをお伺いすることに――。

      ◇
     村本順三さんがミニSLに関心を持った発端は、ウオルト・ディズニーだという。子どものころ、日曜日の夜の番組で「ディズニーランド」という1時間番組があったが、その中で、ディズニー氏が自宅の庭にミニSLを走らせているシーンがあった。そのシーンが村本少年の脳裏に深く刻まれてしまったのだという。
     調べてみると、ウオルト・ディズニー氏は大変な鉄道オタクだった。自宅の庭にミニSLを走らせるばかりか、そもそもディズニーランド自体も、アメリカの西部開拓時代の風景を再現し、そのなかを蒸気機関車や蒸気船が走るといった「交通博物館」のようなものとして構想されたという。
     ウォルト・ディズニーの夢は、ディズニーランド内を走るサンタフェ鉄道、後のディズニーランド鉄道として形となったが、そればかりか日本の少年の夢の中にまで根を下ろしてしまったようだ。
     ところで東京の銀座に「天賞堂」という鉄道模型の店がある。本来は宝石・時計商だったが、1949年に、当時の社長・新本秀雄さんの趣味が高じて鉄道模型の販売をはじめた。従来、倉庫に使っていた建物の2階部分を改装し、アメリカの大地を模した「第1次オメガ・セントラル鉄道」が作られ、以来、鉄道模型ファンの聖地的存在となっていった。
     村本さんは学生時代、この天賞堂で、一台のミニSLと出会った。レール幅は3インチ半、人間が乗れる最小のミニSLだが、完成品として販売され、当時の金で150万円だったという。当時、大卒の初任給が3万という時代、とても学生の身分では手が出せない。
     その時、村本さんは、「ともかく金さえ出せばミニSLが手に入る時代になったんだ」と、深く感じ入ったという。
     その後、社会人となり、いったんはSLから離れていたが、今から20年ぐらい前のこと、村本さんの会社でイタリア製の板金の機械を購入することとなり、その研修を兼ねて、販売店の社長とともに実際の機械をイタリアに見学に行くことになったという。
     ところが、同行した販売店の社長は無類のSLマニアで、旅行中、オーストリアにSLを見るため立ち寄るなど、村本さんの埋もれていたミニSLへの思いを再びかき立てることとなった。実は、その販売店の社長、SLマニアであるばかりか、ミニSLのマニアでもあったのだ。
     かくして、この社長を師として、村本さんのミニSL修業がはじまったという次第。
     村本さん40代後半のことであった。

     

    猛暑の中、淡々と運行準備を進める村本さん

     

           ミニSLへの思いを語る村本順三さん(上)

     最初は、小さな組み立て式キットのものからはじめたという。小さなキットとはいえ、一台150万円はするという代物なのだが……。
     

     大阪本社の小川精機という会社がある。模型用のエンジンを作る会社なのだが、この小川精機の先代社長が、やはりミニSLにはまっており、ミニSLのキット販売を開始したばかりのことだ。村本さんが最初に購入したキットも、この小川精機の製品だったという。
     その小川精機が、法隆寺工場の裏手にミニSLを走らせるための固定レイアウトを持っており、ここでキットを購入したユーザーは、このレイアウトを使ってミニSLを走らせることができたのだ。
     村本さんも、最初は、この組み立てキットを作っては、月一回の走行会に持ち込んでは走らせていたという。

     しかし、そのうち、もっと大きなものが作ってみたくなった……。
     こうして20年、今、村本さんが走らせているのは5インチというレール幅のもの。つまりレール幅が127mm、これを自宅の庭に敷設し、トンネルあり、鉄橋ありという120メートルの変化に富んだレイアウトを作り出した。

     このレイアウトを作成するため、土地を検討し、更地からレイアウトを設計、家屋もレイアウトに見合った家を建てるという熱の入れよう。

     機関車も、窓枠など細部までこだわって再現した 「C5822」というミニSL。
     これが120メートルにわたる変化に富んだレイアウトを疾駆するという次第で、こうなると、子どもやSLマニアでなくともワクワクしない筈がない。

     

     

     取材した日は、折からの猛暑、その中でミニSLとはいえ、石炭をくべ、窯の圧力を調整する作業はまさに灼熱地獄。そばで撮影させていただいても汗が噴き出してくる始末なのだが、当の村本さんは、淡々と作業をこなしていかれる。

     やがて準備は整ったが、こんな猛暑の中、乗客も少ないのではと勝手に危ぶんでいたのだが、ふと外を見れば、なんと村本家の外には長蛇の列ができているではないか。

     36度という暑さの中、子どもばかりか、若い女性までが、開始時刻の3時を待つ行列に加わっていた。

     

     

     

     

     

     

     

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