クジラ・イルカ紀行 vol.013 / 「じゃのひれ」から「しまなみ海道」へ

2018.05.18 Friday

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     スイミングスクールで個人指導を受けたものの、水への恐怖心から挫折、イルカと自由自在に泳ぐという計画は、ものの見事に失敗に終わりました。でも、ものは考えようです。浮くようになったわけだし、まして、イルカさんと泳ぐときはライフジャケットを着けているわけですから、おぼれる心配はまずありません。自分にしては上出来です。

     こんなわけで女房と二人して「淡路じゃのひれアウトドアリゾート」へとやってきました。まずは予約の確認と「ドルフィンスイム」の申込みを済ませ、時間まで海水プールを見学します。何より大事な実験結果はどうなっているでしょう。ここ2週間というもの、まだ見ぬ「もも」に思いを寄せつづけ、ひたすら語りつづけてきました。

     とはいうものの、この場に臨んで、期待は、「そんなわけないよなぁ」「思うだけで通じるわけないよなぁ」と、そんなあきらめムードに変わっていました。

     期待半分あきらめ半分、そんな感じで「もも」のプールを探していると、

    「ありました!」

     中ほどのプールの前に案内表示が出ています。「もも」と、もう一頭「ゆず」と表示されています。

     

     

     ここが「もも」のプールか!

     そう思った瞬間です。背後で「バシャーン」という水しぶき。頭に冷たい水滴が降りかかります。

     あわてて振り返ると――!! 

    「もも」と「ゆず」が、二頭でジャンプをはじめ、それが、なかなか終わらないのです。あわててカメラを取り出しますが、連写モードになっていなかったため、なかなかジャンプのスピードに追いつけず、パチリパチリとシャッターを切り続けます。それでもジャンプは終わりません。

     ついには係の方が驚いて飛び出してくる始末です。

     

     

     ジャンプするのは、餌をほしいときとか、遊んでほしいときらしいのですが、普通は二、三回もすれば終わると言います。それが十回どころか、あわてて数えだしたときからでも二十回以上もジャンプが続いているのです。

     とても威嚇のようには思えません。

    「思いが伝わったんだ!」 とっさにそう思ってしまいました。

     思い込みかも知れませんが、それでも、シャッターを切っていて訳もなく涙が止まりません。大の男が恥ずかしい話ですが、水しぶきと一緒になっているので泣いているのは、何とかごまかせそうです。

     係の人が飛び出してきた頃にはジャンプも下火になり、やがて海面も静かになっていきました。

     ひょっとして何かの偶然かも、そうも思いましたが、この一年後、しまなみ海道にドルフィンファームが新たにオープンしたときのことです。「もも」がしまなみ海道に移されることになり、それを知った僕も、取材という名目で「もも」を訪ねることにしました。

     そのとき、「もも」の対応が偶然ではなかったと確信しました。一度しか会っていない僕を、「もも」はしっかりと覚えてくれていたのです。

     さて、この話は締めくくりのところで取り上げるとして、まずは人生初めての体験、ドルフィン・スイムについて話しを続けていきたいと思います。

    一緒に泳いでくれる「かえで」と「さくら」の見分け方です。

     

     ここでイルカさんについて、少し基本的なことを勉強しておきましょう。

     魚と違い、イルカは尾びれが飛行機の尾翼のように左右に広がっています。魚の場合は尾びれが縦についており、これを左右に振ることで泳ぎます。これに対し、イルカは左右に広がった尾びれを上下に振ることで推進力を作り出します。この違いは、イルカがほ乳類で肺呼吸をするため、頭の上に開いた呼吸孔をすばやく海面に出すためではないかと言われています。その尾びれの強さは並大抵ではなく、いやがる野生のイルカを追い回し、尾びれの一撃で肋骨を折られた人間もいるぐらいです。

     エコロケーションについては前回触れましたので、変わったところで「半球睡眠」について触れておきましょう。イルカの脳は、左右で二つに分かれて活動します。左が眠っているときは右が活動しており、右が眠るときには左が活動している、つまり眠らずに泳ぎ続けることができるという寸法です。

     また代謝が活発で、人間が24時間で肌が再生されるのに対し、イルカは2時間で新しい肌が再生されるということになります。これは早く泳げるよう、いつでも肌をすべすべにしておく必要があるためです。

     スイミングの前には、調教師のやさしくて陽気なお姉さんが、イルカについて、いろいろと勉強させてくれます。ただ残念なことに、今日一緒に泳いでくれるのは「もも」と「ゆず」ではなく、「さくら」と「かえで」という二頭の雌のバンドーイルカということでした。「もも」たちは、まだ人と一緒に泳ぐまでにはトレーニングが進んでいないのだと言います。

     上の図は、その「かえで」と「さくら」の見分け方です。「かえで」は小ぶりで、身体の色は濃く、背びれがとがっており、上部に切れ目があります。これに対し、「さくら」は大柄で、色も浅く、背びれは丸みを帯びています。このようにイルカたちはそれぞれ特徴があり、この特徴を早くつかんで個体差を知ることで、イルカたちとの距離がぐっと縮まると思います。

     一緒に泳いでくれるパートナーのことを知らないなんて失礼ですものね。

     

    胸ビレにつかまらせてもらってのスイミング。これが本当の胸を借りる?なーんて。

     

     さあ、いよいよです。

     まずは「かえで」の背びれにつかまってのスイミング。調教師のお姉さんが言います。

    「背びれを左手で軽く持ち、後は浮かんでいるだけでいいですからねぇ。」

     言われたように、背びれを軽くつかむと、それが合図であるかのように「かえで」が、かなりのスピードで泳ぎだしました。

     すべて、うまくいくはずでした。ライフジャケットは着けているし、おぼれるはずがありませんでした。

     でも、おぼれてしまいました。

     水に浸かったまま顔を上げられないのです。

     水に浮かび、かえでに引っ張ってもらい確かに進んでいるのですが、顔を水面に上げることができません。

     苦しまみれに、とうとう「かえで」の背びれを放してしまいました。

     ゴボゴボゴボゴボッ!

     この状況は間違いなくおぼれていることになるのでしょう。

     

    頭に付けたアクションカメラが、かえでの心配そうな顔を捉えてくれていました。

     

     しかし、スイミングスクールで個人指導を受けた成果は間違いなくあったと言えるでしょう。水の中で、息が苦しいながらも僕は泳いでいました。そばでは「かえで」が、僕の回りを心配そうに付き添ってくれています。あの姿にどれだけ励まされたことでしょうか。僕は彼女に導かれるようにして、プールの縁へたどりつきました。

     ほんの数分のことでしたが、僕の中では一生分の思い出が紡ぎ出されていました。

     

     みんなの心配そうな顔が笑顔に変わり、「ドルフィンスイムもここまで」と思った瞬間、あのかわいい調教師のお姉さんが、

    「次は、かえでちゃんに胸ビレを貸してもらいます。」

    「……もういいです!」

    「ダメでーす! やってもらいます。」

     笑顔こそ素敵ですが、そこには、てこでも動こうとしない気構えがありました。

    「今度は、かえでちゃんにひっくり返ってもらい、その上に乗る格好ですから顔は水に浸かりません。今度は大丈夫です、うまくいきます!」

     

    かえでの胸ビレにつかまってのスイミングです。
    続いてさくらの胸ビレを借りてのスイミング。

     

     今度は大成功!

     かえでに続いて、さくらまでが胸ビレにつかまらせてくれ、広いプールを一周させてくれました。

     先ほどの強烈な体験と相まって、自分の中では、イルカさんに対する絶大な友情と信頼が生まれていました。

     さあ、いよいよラストプログラムです。水中のイルカさんとふれ合います。

    「水の中はもう充分です」と言いましたが、先ほどの調教師のお姉さんが「ダメです! やってもらいます」と、何にもひるまない笑顔で応じてくれました。

     

     

     これも大成功! 泳ぎに自信がない分、水の中でも浮いているしか能がないのですが、それが反って良かったのだと言います。変に泳ぎに自信があって、イルカを追い回したりすると、逆にイルカにいやがられるようです。イルカがこちらに興味を持って近づいてくるまで、ただ浮かんでいるだけでよいそうです。これは野生のイルカさんの場合、特に言えることだそうです。

     今回の体験で、イルカさんへの絶大な友情と信頼を感じたわけですが、同じように、若い調教師の方のイルカさんに向ける友情や信頼をヒシヒシと感じさせてもらいました。

     このことは、新しくできた「しまなみドルフィンファーム」へ、「もも」と「ゆず」が移動させられることになり、その取材させていただいたとき、よりいっそう感じさせてもらった次第です。

     

    調教師の方々の愛情に包まれて元気を取り戻しつつあるゆずちゃん

     

     2016年5月6日、まだオープンして間もない「ドルフィンファームしまなみ」に、淡路から移された「もも」の様子を見に行ってきました。

     なんと、あのやさしくも、言い出したらテコでも動かない調教師のお姉さんがいるではないですか! 一度しか会っていないのに、旧知の友に出会えたようで、うれしくてなつかしくて、僕がアメリカ人なら、さしずめハグしていることでしょう。そこは日本男児のはしくれですから、そんな浅ましい誤解されるようなまねはいたしませんでしたが……。

     彼女にこんな思いを抱いたのは、僕だけでなく、「もも」こそ、彼女が頼りだったに違いありません。陸送の模様は、ほかのイルカの例ですが、アミール動物病院さんが「獣医さんのお仕事―イルカの輸送」として写真を公開されています。それを転載させていただきましたが、こんな感じで「もも」や「ゆず」も運ばれてきたのだと思います。

     調教師のお姉さんに聞くと、「もも」はいやがって暴れ、おかげで到着したときは傷だらけだったと言います。

     

    アミール動物病院さんのブログ「獣医さんのお仕事―イルカの輸送―」から転載

     

     事前に電話で「もも」の移動の話を聞いていましたので、しまなみドルフィンパークに到着するなり、「ももはどこだろう、元気だろうか」と思った瞬間、遠くでジャンプするイルカがいます。まさに、そのイルカが「もも」だったのです。顔をあわせるなり、「大変だったねえ」と心の中で語りかけました。すると「もも」の何とも言えない温もりが伝わってきました。「思い込み」だとか「思い入れ強すぎ」だとか「錯覚」だとか、なんと言われようが、間違いなく「もも」は僕を覚えてくれていて喜んでくれています。

     くだんの調教のおねえさんと、新しく知り合った、ここ「しまなみ」のリーダーのお姉さんと、お二人から「もも」の話を聞きました。「ゆず」が比較的おとなしかったのに、「もも」はいやがって傷だらけになった話。到着したとき、「もも」は弱り切っていて、この方たちが付きっきりで面倒を見てくれた話。

     今日の「もも」は、とっても元気だと言います。

     今、イルカを水族館やレジャー施設に置くことの是非が問われています。

     インドでは、イルカを「Non human Person」、つまり「他の動物と比べて非常に稀なその知的能力の高さは『ヒト科以外の人間』としてみなされるべきであり、彼らには特別の権利を付与すべきである」とし、水族館やレジャー施設からイルカを解放することが義務づけられるようになりました。

     日本でも遠からず、水族館やレジャー施設から「イルカ」が消える日が来るのかも知れません。

     ただ、今現在の日本では、水族館で生まれたイルカやシャチがおり、この子たちや、もとは野生であっても、今は人間と深い絆で結ばれるようになったイルカやシャチがいます。

     以前に触れたシャチのケイコのことを考えると、「種」として考えるのでなく、「個」として考えたとき、何が彼らの幸せなのかを考えて判断してほしいものです。

     水族館やレジャー施設にいるイルカたちは、今は少なくとも、彼らをお世話する人間と友情や信頼関係を築いています。イルカを「人」として扱うのであれば、個人としての幸せを無視してほしくないと切に思います。

     

     今回の実験で感じたのは、イルカは海へ帰ったほ乳類として独自の進化を遂げたという点です。ある意味、人間以上に優れた生きものだと思います。特に、言葉に頼らず「思い」を「波動」として伝え、感じることができる能力――人間が、はるか昔に放棄した能力を進化させ続けてきた生物だと強く感じました。

     この「もも」「ゆず」「かえで」「さくら」に出会って、また、そのお世話をする若い方々と出会って、今、僕は、イルカやその他のクジラの仲間のことが忘れられなくなりました。

     

     さて次回は、人と深く関わったイルカとして、沖縄の美ら海(ちゅらうみ)水族館へ、「フジ」(尾びれをなくしたイルカ)の足跡をたどることにします。

     

    美ら海水族館所蔵「フジ」の人口尾びれの動画から転載。
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