クジラ・イルカ紀行 vol.011 / 釧路沖のシャチ

2018.05.04 Friday

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    右図は北海道釧路総合振興局商工労働観光課発行の小冊子「シャチが来る海」から転載

     

     新得へ行く途中のことです。私は、JR北海道の社内広報誌で、「さかまた組」が釧路沖のシャチ観測船に、はじめて一般市民の乗船を受け入れることを知りました。そこで大阪へ帰るなり、早速、受付の窓口になっているJTBと連絡を取り、スケジュールを検討し、11月5日の観測船に乗せていただくことになりました。

     こうして10月初めの新得行きに引き続き、11月4日、再度、北海道を訪れることになった次第です。もちろん、北のイルカさんのその後の様子も気になり、釧路からの帰りには新得共働学舎へ立ち寄るよう計画していました。

     さて、ここで話を進める前に、シャチ観測船ツアーを主催する「さかまた組」と、「釧路沖」の環境について少し勉強しておきましょう。

     右上の写真は、参加者全員に配られた「シャチが来る海〜くしろ沖の魅力〜」というA5判20ページの小冊子です。これが釧路沖の魅力と特異性について非常に分かりやすく説明してくれています。そこで、これによって釧路沖について予備知識を身につけておきましょう。

     毎年9月下旬から11月上旬にかけて、釧路沖にはたくさんの海洋生物が姿を見せます。というのは、釧路沖の海底は、沖合15キロメートルあたりから急激に深い谷のようになっています。これを釧路海底谷(くしろかいていこく)と言うそうです。最も深いところで、水深は5000メートルにも達すると言います。

     秋口になると、流れが変わった「寒流(親潮)」と「暖流(黒潮)」が、この海底谷でぶつかります。その結果、海水が湧き上がる湧昇流(ゆうしょうりゅう)が発生し、深い海底に生息していたプランクトンなどの豊富な栄養が、この湧昇流にのって海面近くまで昇ってくるというわけです。

     このプランクトンを餌とする小魚が集まり、小魚を餌とするイルカやクジラや海鳥が集まり、そして、イルカやクジラを餌とするシャチがやってくるという次第です。

     この時期、釧路沖は「食物連鎖」の一大舞台となるわけです。

     この釧路沖を中心に、海洋環境や生態系に関する研究成果を一般に普及し、自然の貴重さを伝えることを目的に「さかまた組」が結成されました。「さかまた」とは、漁師が使う「シャチ」の別名だそうです。そして、今回2015年秋、この目的達成の一環として、「さかまた組」が、釧路沖の海洋生物と生態系を調査する観測船に、釧路市民をはじめ一般の乗船希望者を募ったということです。

     

    JR釧路駅/日没時の釧路川とホテル「La Vista 釧路川」

     

     さて私ですが、乗船の前日、2015年11月4日PM4:00、スーパーおおぞら5号で釧路駅に到着しました。

     この日は、釧路港を見下ろすホテル「La Vista 釧路川」で一泊し、翌早朝の乗船に備えることにします。ここなら観測船が出船する港まで歩いて5分で行けるというわけです。

     ホテルでチェックインを済ませ、夕食を兼ねて、明日の集合場所である「釧路フィッシャーマンズワーフMOO」を下見に出かけることにしました。MOOで夕食を済ませたあと、河畔に出て、釧路へと帰ってくる漁船を眺めて時を過ごそうというわけです。

     親爺が船乗りだった関係で、幼い頃から船に乗せられ、そのおかげでしょうか、船酔いというものを知りません。しかし、明日の海は荒れそうです。MOOで夕食をとっているとき、店のマスターと明日の天候について話しましたが、マスターも「明日は荒れそうだ」と同意見。最後には「船が出ればいいのだが……」と言葉を濁す始末です。

     てきめんホテルに帰るなり、JTBの担当者から電話が入りました。明日は欠航の可能性もある、船が出るとしても時間が遅れそうなので、明日の朝は連絡するまで、ホテルで待機してほしいということです。

     釧路まで来て、観測船にも乗れずに帰るなんて最悪です! 

     そう思う尻から、今度は、船が出ても、かなりの揺れが予想され、「これが初めての船酔い」なんてことにならなければいいが……そんな不安まで湧き上がってきます。ホテルのフロントで聞いても「酔い止め」は置いていないということ。仕方なく、夜の釧路の町に出かけ薬局を探す始末です。

     

    ホテルの部屋から見るフィッシャーマンズワーフMOO/乗船準備を済ませ待機する私

     

     そんなこんなで、いろいろとありましたが、翌朝、予定より約1時間遅れで船が出ることになりました。

     支度を済ませ、我ながら物々しい出で立ちと思いましたが、仕方がありません。ぎこちない足取りで集合場所へ向かいます。カメラを抱えた一般客やスタッフの人たちも既に集まっておられました。

     さかまた組の代表・笹森琴絵さんから乗船時の注意事項や、釧路沖の生物について説明があります。

     笹森さんは、室蘭市に住まいされ、さかまた組代表として、はたまた海洋生物調査員として、大学の非常勤講師をされたり、海洋生物の写真家として活躍しておられますが、かつては学校の教員をしておられたことがありました。それが交通事故が元で重い膵臓炎となり、教員生活を辞めざるを得なくなりました。そんなとき、室蘭沖のイルカの群れと遭遇し、以来、彼女の第二の人生がはじまったと言います。

     動物好きの笹森さん、これ以降、室蘭沖のイルカガイドとなり、さらに海洋生物調査や環境教育など、海の専門家の道を進むことになるのです。

     そうこうするうち、我々を釧路沖の海洋へと運んでくれる船が、知床を出船し釧路川河口へと入ってきました。

     

     

     

     いよいよ出船です。

     予想どおり、風が強く、揺れはかなりなものです。高速走行しているときはいいのですが、速度を緩めたり停船したときは、手すりにしがみついていないと立っていられないほどです。そんなときもクルーの若い女性が、何に動じることもなく船首に仁王立ちしているのを見ると、妙に安心感が湧いてきます。彼女が船首に立っているだけで安心感があり、彼女の存在自体が、この船そのものにさえ感じられます。船主の娘さんだと聞いていますが、実に頼もしい女性です。

     船首には彼女のほか、さかまた組のスタッフでしょうか、若い男性や女性が、長い竿の先にカメラを付け、これから現れる海洋生物の撮影の準備を進めています。

     船の司令塔となる2階の操舵室には船長のほか笹森さんが詰め、船内放送で現れた動物の解説をしてくれています。ただ船の進行に伴い移っていく景色に目をとられているのと、船の揺れに自分をなじませるのに気を取られ、せっかくの解説の声も、なかなか頭には入ってきませんが……。

     

     まず目についたのは海鳥です。僕にはカモメやアホウドリとしか分かりませんでしたが、このほかにも「クロアシアホウドリ」や「コアホウドリ」「ウミネコ」「ミツユビカモメ」などが、この航海で観測されていました。

     また荒れた海をものともせず、アザラシなのかオットセイなのか、愛嬌たっぷりにプカプカ浮かんでいる姿を見つけました。水族館で見るのとは違い、自然の中で、まるで見る人間を意識しているかのように愛嬌を振りまいてくれる姿は、一見の価値があります。

    https://1drv.ms/v/s!AilYHjP2WaAkgs4DpGraNVfwA5q-7A

     

     シャチの群が遠望されました! 船が群れを目指しスピードをあげます。

     シャッターを切る音、乗客の喚声、船全体が一つの思いに包まれたかのように、シャチの群にと集中していきます。

     笹森さんのアナウンスが船内に響きます。

     「普通は、こんなに簡単にシャチの群れを見られるとは思わないでください。一航海で、まったく逢えないこともありますし、遠くにブロー(潮吹き)しか見えないことだってあります。きょうはラッキーでした。」

     シャチのポッド(群れ)と遭遇したこと、この体験については言葉が役に立ちません。その時に撮った写真を並べておくことにします。

     

     

     

     

     

     

     シャチとの遭遇の中で、もっとも印象的だったのは、子どもを守るように泳ぐシャチの家族の姿でした。

     シャチは海のギャングのように言われています。たしかに、シャチのハンティングは、狡猾と言えるほどに巧みでチームプレーに長けています。子連れのクジラを狙い、親子を分離させた上で、子クジラの両サイドをかため、上からもう一匹のシャチがのしかかるようにして子クジラを窒息死させる、そんな様子をテレビで見たりすると、シャチが狡猾な悪者のように思われてしまいます。

     しかし反面、家族思いということでは、シャチの右に出る者はいないでしょう。クジラの仲間の中で、一夫一婦制で最後まで添い遂げるのはシャチだけです。シャチは、仲間の痛みを共有できる存在とも言われます。

     映画オルカ(1977)では、シャチを「本能で行動する獰猛な野生動物」ではなく、家族愛にあふれ、妻を人間に殺されたシャチが、その人間に復讐するという設定になっていました。

     またその後1993年に作られた「フリーウイリー」では、母親に捨てられた少年と、家族から引き離されたシャチが心を通わせるというストーリーになっていました。

     「フリーウイリー」映画化に当たって、主役のウイリーを演じたのはメキシコの水族館に所属する「ケイコ」というオスのシャチでしたが、映画が公開されるや、世界中の子どもたちから、「ケイコを海に返して!」という運動が起こりました。撮影終了後、狭い水槽の中で、皮膚病にかかり苦しむケイコの姿を、世界中の子どもたちが知ってしまったためです。

     といって、そのまま海に返しては死ぬしかありません。野生のイルカやシャチは水族館に連れてこられても、死んだエサは食べません。まず最初にするトレーニングは、人間があたえる死んだエサを食べられるようにすることです。こうして訓練されたイルカやシャチは、今度は自分でエサを採れなくなってしまいます。イルカやシャチは、水分をエサから採るため、エサを食べないと脱水症状になって死んでしまうのです。

     ケイコのために巨大なプールが用意され、ここで皮膚病を治療し、エサを自分で採れるようにして海へ返すのです。子どもたちの声が一頭のシャチを救うという奇跡が、今度は映画の中ではなく、実社会の中で起こりました。

     こうしてケイコは、世界で最も有名なシャチになりました。ただ結末を言うと、ケイコは野生の群れに入れず、何度も人間のもとに帰ってきました。それでも、あきらめず野生へ戻そうとする人たち。結局、ケイコは2003年12月12日、急性肺炎にかかり、野生にも戻れず、人間のもとへもかえってこれず、ノルウェーの海で命を落としました。ケイコの遺骸は海岸に引き上げられて埋められ、ノルウェーの子供たちの手で葬られたと聞いています。

     こんなことを考えると、イルカやシャチを水族館やレジャー施設に置くこと自体、人間の奢りのように感じてしまいます。かといって一度人間のもとに置いたイルカやシャチを、野性に返れないと分かっていながら無責任に海へ返してしまうのもどうかと思います。

     人間は「食物連鎖」の輪から飛び出し、今や自然の管理者になった気でいます。でも人間の関わった自然は、いつか歪みを見せ、崩壊へと転がっていくのではないでしょうか。

     本当に救うべきは、自然や野生動物ではなく、文明という袋小路にはまり込んだ自分たちではないでしょうか?

     

     

     野生のシャチとの遭遇、その感動の後に、自然に対しての後ろめたさが襲ってきました。

     新得の共働学舎へと向かう車中、そんなことを考えており、列車を降りてからも、共働学舎へ向かう足どりも重くなりがちです。

     途中、北のイルカさんに到着した旨、電話を入れました。

     まもなくして学舎の入り口あたりにきた時です。向こうから北のイルカさんが、笑顔いっぱいで走ってきます。そして差し出されたクッキー。自分で焼いたのだと言います。

     僕は焼き菓子があまり好きではないのですが、あのクッキーの美味しかったこと。

     イルカさんの笑顔とクッキーの味が忘れられません。

     

     次回は、僕が勝手に友人と決めてしまった、レジャー施設(南あわじ・じゃのひれ)のイルカさんたち。かえでちゃん、さくらちゃん、それにももちゃんを紹介します。

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