クジラ・イルカ紀行 vol.003 / 沖縄県座間味島「慶良間ブルーの海」

2018.02.23 Friday

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    (Chin Music Pr 発行 「Are You an Echo?: The Lost Poetry of Misuzu Kaneko」から転載させていただきました)

     

     最近、金子みすゞさんの詩が英訳された本と出会いました。タイトルも、みすゞさんの「こだまかな」が英訳された「Are you an Echo? 」。みすゞさんの心地よい言葉の響きが英語に置き換えられ、英語がからっきしダメな私ですが、そんな私でさえ声に出して読んでみたい本に仕上がっていました。

     その本の中に、前々回のブログで紹介した「くじら法会」も掲載されていました。残念ながら「鯨捕り」については掲載されていませんでしたが、

    「海の鳴る夜は 冬の夜は、栗を焼き焼き 聴きました。むかし、むかしの鯨捕り、ここのこの海、紫津(しづ)が浦。海は荒海、時季(とき)は冬、風に狂うは雪の花、雪と飛び交う銛の縄。岩も礫(こいし)もむらさきの、常は水さえむらさきの、岸さえ朱(あけ)に染むといふ。厚いどてらの重ね着で、舟の舳(みよし)に見て立つて、鯨弱ればたちまちに、ぱつと脱ぎすて素つ裸、さかまく波にをどり込む、むかし、むかしの漁師たち……」

     あのワクワクするような語り口、英語ではどんな響きになるのだろうと、聞こえぬ英語の響きにもどかしさを覚えます。

     英語のことはともかく、「鯨捕り」に語られる昔の捕鯨とはどんなものだったのでしょう?

     

    (長門市通浦鯨組捕鯨の図 長門市「くじら資料館」)

     

     前回および前々回にご紹介した長門市の「くじら資料館」に、この写真のような、古式捕鯨の様子をビジュアル化したものが展示されています。右上および左下に赤の丸で囲った部分に注目してください。幟が翻っているのがおわかりでしょうか。ここが「山見」と言われ、古式捕鯨の見張り台および司令塔になります。鯨が発見されるや、この「山見(見張り台)」に山旦那(総司令官)や山見番の人たちが詰め、船団に幟で鯨の種類や、鯨の進路を伝え、網船に網を張る位置を指図します。その張られた網へ目指して、舟べりを叩き、鯨の嫌う音を立てながら、勢子舟の船団が鯨を追い込んでいきます。網をかぶった鯨は動きが封じられますが、一度ではとてもかなわず、何度も何度も網が張られ、追い込みをかけ、銛を打ち込み鯨を弱らせていくのです。

     弱り切っていよいよと見切ると、刃刺しが、勢子舟から海に飛び込み、絡めた網を手がかり足がかりに鯨の背によじ登ります。そして鼻切りをし、鯨が二度と海に潜れないようにしたうえで、鼻腔に綱を通し、二艘の持左右舟(もっそうぶね)が鯨をはさみ、その綱に棒をわたして鯨を港まで曳航することになります。

     これが水軍方式による古式捕鯨のあらましです。捕鯨は舟軍(ふないくさ)です。水軍の末裔が、生活の糧に捕鯨を始めたところがほとんどです。

     ところで、このような古式捕鯨のやり方を取り入れホエールウォッチングをしているところがあります。

     本州から遠く離れた沖縄の慶良間諸島。その中心となる島が座間味島ですが、この座間味の海に12月から3月にかけてザトウクジラの群れが繁殖に訪れるのです。

     

     

    (上:慶良間の海と座間味の船着き場/下:稲崎展望台の鯨監視員) 

     

     写真上、左端に見える船着きが座間味港です。那覇からの高速船やフェリーが入ってくる座間味島の玄関口になります。そして、この港の待合に座間味島ホエールウォッチング協会があり、ホエールウオッチングの際の司令所になります。

     座間味島には、高月山展望台、チシ展望台、稲崎展望台の三つの展望台があり、この展望台がホエールウォッチングの季節には、鯨の見張り台になるわけですが、その最も主要な見張り台が、この写真の「稲崎展望台」になるわけです。この見張り台から、監視員が鯨の動きを無線で司令所に知らせ、司令所からホーエールウォッチングの船に指示が出されるという寸法です。

     港近くのレンタサイクルの店で、電動アシストの自転車を借り、稲崎展望台に見学にやってきました。展望台には若い青年が二人詰めていました。展望台に着いてしばらくするや、バケツの底が抜けたような大雨になりいっこうに止む気配がありません。鯨の見張りもこれまでとばかり、黄色のパーカーを着た青年を一人残し、見張り員の一人が引き上げていきました。

     こちらも雨に降り込められ、身動きがとれず、黄色のパーカーの青年と二人きりになってしまいました。

     青年はマグロの遠洋漁業の船に乗っていたと言います。それが、腰を痛め、船を下りることになり、その際、鯨の監視員にスカウトされたのだそうです。身の上話は止みましたが、雨は止む気配がなく、無線で今日の監視作業は中止の連絡が入りました。

     青年は車に乗っていくようにすすめてくれましたが、自転車を置いていくわけにも行かず、「雨上がりを待って帰ります」と断りました。でも、この判断は間違っていました。雨はひどくなる一方、夕暮れも近づいてきます。山道に灯りもなく、切り立った崖のところもあります。濡れる心配より、命の心配です。

     結局、暗くなる前にと、雨の中を自転車を走らせる結果になりました。稲崎の岬を下りきって港に着いたときはずぶ濡れ状態。通りがかりの観光客にじろじろ見られながら、なんとかホテルへ帰り着いた次第です。

     

     

     ところで座間味島には大きなホテルやリゾートがありません。個人経営のレストハウスやゲストハウス、民宿がほとんどです。エレベーターがあるホテルは慶良間ビーチホテルのみ。というのも座間味島民の生活を支えるのは、夏はマリンスポーツ、冬はザトウクジラのホエールウォッチングと、観光客だけが座間味島の支えなのです。

    リゾートホテルの計画があっても、島民の反対で実現には漕ぎ着けません。それだけに泊まり客に対しても人情深いところがあって、毎年、同じ宿泊先を使うという旅行者も多いようです。

     私などは、いろんな所を体験したいものですから、三度、座間味を訪問しましたが、それぞれ違う場所に泊まりました。最初の訪問時は、レストハウスあさぎ。このオーナーと厨房のシェフは、夕食時、料理ばかりでなく沖縄の歌や三線まで振る舞ってくれ、あげくはこちらまで踊らされる始末。楽しい思い出を作ってくれました。

     二度目は、島でただ一つのエレベーターがあるという慶良間ビーチホテル。三度目は、素泊まりで安く泊まれるゲストハウスなかやまぐあ。どれも楽しい思い出です。

     さて肝心の鯨の話に戻りますが、最初のホエールウォッチングで乗せてもらった船が、佐野船長が操船する「エスコート号」でした。ガイドは、佐野船長の奥さん佐野優美さんとバイトの回遊くん(僕が付けたニックネームです)。いずれも座間味島の出身ではないのです。佐野船長は鹿児島出身。奥さんの佐野優美さんは名古屋出身、バイトの回遊君は神奈川の出身。実にユニークな人たちなのです。

     特に佐野船長にはお世話をかけっぱなしで、彼に無理を言って、三度目の座間味訪問で、ついにザトウクジラのメーティングポットを体験することができました。

     ということで、この話については次回ということで、今日のところは失礼させていただきます。

     

    (高月山展望台からの眺め)

     

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