儀式にとらわれない低価格の葬送 vol.1

2013.09.25 Wednesday

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    (10万円プランの葬送の一例 モリ葬祭さんの場合)


     低価格の葬送

    「シンプルな葬儀・埋葬」と題して、二〇〇五年十月十三日の朝日新聞朝刊に次のような記事が掲載された。いわく「質素に最後を迎えたい、と故人が思っていたとしても、遺族にその意思が伝わっていなければ、葬儀やお墓にお金をかけてしまうものです。そんな中、残される家族の出費を抑えようと、自分が死んだ時の葬儀や埋葬方法を、あらかじめ選ぶ人が出てきました」と。
    またホームページを検索してみても、「お墓は心の中に」と唱い、新しい葬儀の形を提唱する葬儀社も増えてきている。以前はこういった傾向は関東に多く見られたように思うのだが、最近は関西でも家族だけの低価格の葬儀を提唱する葬儀社が目立ち始めた。こんな中、「ぬくもり葬儀」のタイトルで、「家族葬ぬくもり10」 というホームページが目にとまった。とりあえず開いてみると、「火葬のみ ぬくもり10プラン 十万円 」とある。この十万円には、「寝台車(一五kmまで無料)」「枕元セット(経机・お線香・ローソク・おりん・仏花)」「ドライアイス二日分(二〇キロ)」「納棺一式」「お棺(桐)」「仏着(スエード)」「本骨袋(骨箱小)」「寝台形霊柩車」「役所代行手続き」「火葬場手続き」が含まれているという。このほかに、「霊安室使用料 五千二百五十円」「火葬料金(火葬場により異なる) 六千円」がかかり、総額費用でも十一万一千二百五十円でおさまるという。
    無料のお問い合せ電話が掲載されていたので、早速、電話してみた。
    大阪府松原市の「聖心社・もり葬祭」という葬儀社だった。代表の森さんは約二十年間葬儀社に勤めた後、『葬儀は変わりました! 安く・内容充実』をキャッチコピーに、これからの時代のこれからの葬儀社として平成八年に開業したという。
    聞けば、このような家族だけの低価格の葬儀が増えており、同社の全取り扱いの約三割が低価格の家族葬プランだという。
    森社長のお話を聞いていても、新しい兆しが確かに感じられる。
    そこで自分の周りに、こういった葬儀にお金をかけなかった人がどれだけいるか調査し、その方々にお話しをうかがってみることにした。


    大阪府・千里のSさんの場合

    喪主のSさんは、重度重複障害児を持つ六十代前半の女性。亡くなったのは、障害児である娘のあかねちゃん、二十歳を迎えたばかりだという。
    実はあかねちゃん一家とは、僕自身、ごく親しく近所付き合いをした仲だ。今も手許にあかねちゃんのお母さんの手記が残っている。
    「娘の名前はあかねです。昭和五十二年十一月十八日、千五百グラムで生まれました。七ヶ月の初めに早産しました。生後二、三日で呼吸困難を起こしました。同時に黄疸を伴い、保育器の中で光線療法も受けました。その後、順調に発育していると思っていましたが、未熟児網膜症になっておりました。それは比較的軽く終わりました。現在は左が弱視です。生後九ヶ月目に脳性マヒと診断されました。昭和五十四年一月末日に重度の脳性マヒによる四肢体幹マヒ、わかりやすく言うと、寝たきり、一生涯寝たきりの子です。たとえ訓練をしても、寝たきりから脱することはできませんと診断されたのです。」
    それから二十年が過ぎた平成九年十二月、あかねちゃんのお兄ちゃんが結婚することになった。
    このとき、あかねちゃんは吐血が始まり病院に入院したまま。主治医のお医者さんも「もう長くはもたないだろう」と言っていた。それでも結婚式には病院の外出許可をもらって参加、式が終わるなり、また病院へとんぼ帰りしたという。
    式場から病院へ帰り着き、看護婦さんに迎えてもらってうれしそうなあかねちゃんの写真が残っている。
    それから一月あまりが過ぎた平成十年一月十四日、あかねちゃんは病院で亡くなった。明け方の午前三時だったという。病院のストレッチャーで車まで運び、大好きだったお兄ちゃんのライトバンで団地の一階にある家へと連れ帰ってもらった。
    あかねちゃんはよく「キャッキャッ」と声を立てて笑った。外にいても、その笑い声が窓を通して聞こえてくるほどだ。亡くなったその日も、お母さんとお兄ちゃん夫婦がライトバンで連れて帰ってきたのだが、部屋へ入るなり「キャッキャッ」という笑い声が聞こえるというのだ。
    「いやぁ、あかねチャン、生きてるわ!」と、一瞬思った。
    だが、それは飼い犬エルの鳴き声であった。
    夜が明けるなり、市役所に電話し、葬儀社を紹介してもらった。
    「何も要りません、葬儀も不要です。棺桶と焼き場の手配だけをお願いします。」

    この日は、あかねちゃんを知る人たちだけの送別会となった。急遽、あかねちゃんの寝ていた部屋が立食パーティの会場となる。焼香も線香もなし、来る人も香典はなし、数珠も持たない。
    というのも、あかねちゃんのお母さんが、仏教の葬儀に疑問を持っていたからだ。いや仏教でばかりでなく宗教で人は救われることはないと強く思っておられる方だった。
    だから来る人も、「あかねちゃんが花が好きだったので……」と、花だけを持って参加した。
    来る人、来る人が花を持ってきた。
    常々、お母さんは、あかねちゃんに「死んだら、あかねチャンの好きな花でいっぱいにしたげるワ」と言っていたが、期せずして、部屋はその言葉通り花でいっぱいになった。棺も花でいっぱいにした。ただ花だけを折って入れるのは「何となく残酷そうでイヤだ」というので、花だけをちぎるのでなく茎のままを入れたという。
    誰も泣く人はなく、あかねちゃんの想い出話をし、ジメジメした雰囲気はなかったという。あかねちゃんの担任だった先生も、集まった人たちも「こんな雰囲気っていいですネ、私もこんな風にしたい」と感想を漏らしていた。
    明けて一月十五日、普通なら成人式となるのだが、この日、あかねちゃんは黒いバンで斎場へと移された。
    「焼いている間、みんなで食事をしました。お骨は迷った末に持って帰り、撒こうかとも思ったのですが、トラブルの元になってはと、実家のお墓へ入れました」とお母さんは淡々と語る。更に訊くと、それはお墓が大事だという意味ではなく、処分に困ったあげく、ここへ入   れておけば誰にも迷惑がかからず土に帰るだろうと思ったからだそうだ。
    「葬儀の費用は」と問うと、「棺桶代が四万円だった。そう、全部含めて十三万円だったのを覚えているけど、明細は覚えてないわ」と明るく答えてくれた。
    ちなみに大阪の市役所に電話で確認してみたが、大阪市では、お骨は持って帰らなくてもいいそうだ。最初に渡される書類に「お骨を持って帰る」「お骨を持って帰らない」の希望欄があるそうで、電話に出ていただいた係りの方に「お骨を持って帰らない場合、そのお骨はどうなるんですか」と訊いてみると、「一年間保管し、その後、共同霊園にお入れします」という答えが返ってきた。
    このことは、全国どこの市町村でも同じらしいが、確認したわけではない。 

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