八咫鏡(神鏡) 宮中にあるものと伊勢神宮にあるもの、どちらが本物

2011.11.11 Friday

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     松山の道後温泉本館に行ったときのことだ。館内の案内で、又新殿(ゆうしんでん)という皇室専用の湯殿に案内された。なんでも明治32年に建てられたもので、昭和天皇も戦後すぐの頃に来浴されたという。浴槽は、御影石の中でも最上級のものが使われ、正面の湯釜には大国主命、少彦名命の両神像を刻んだ宝珠があるという。
     こんな風に、案内のおじさんが名調子で解説してくれるのだが、おじさん、何を思ったのか、若い観光客のお嬢さんたちに、「三種の神器って御存じですか?」と問いかけた。お嬢さん方はキョトンとしている。おじさん、すかさず「三種の神器というのは、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の劔(くさなぎのつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)という、代々の天皇に受け継がれる神器を言うのですが、では、この3つの神器、どこにあるか御存じですか?」
     ざわついていた空気が、シーンと静まりかえる。この間をとらえて、「若い人には難しいですね」と言葉をはさみ、さらに「そこのお父さん、御存じですか?」と、こちらへ白羽の矢を立てた。
     思わず振られたので、「エーっと、鏡は伊勢神宮だし、剣は熱田神宮……ウーンと、曲玉はたしか皇居かな。」
     「さすが年輩の方は、違いますね」と、若いつもりの僕をまるで年寄り扱い。喜んでいいのか悪いのか、複雑な心境になったものだ。

     しかし、思わず答えたものの、皇居には、曲玉ばかりか、八咫鏡だって、草薙の劔だってあるのだ。なかでも「八咫鏡」は神器中の神器。いわばキング・オブ・キングス。この鏡だけは特別で、賢所(かしこどころ)に独立して保管されている。それが、どうして二つあるのか。また「草薙の劔」にしたって壇ノ浦で、安徳天皇が抱えたまま入水されたのではなかったか。それ以後、引き上げられたという話は聞かない。にもかかわらず、熱田神宮にも、皇居にもあって、一時は中止されていたが、「剣璽御動座」という儀式が復活し、昭和天皇の行幸のとき、「鏡」以外の「剣」と「曲玉」も、天皇と共に移動したと聞いている。
     とすると、神器は一体何組あるというのだろう?

     道後温泉で湧きだした疑問は、解決されないまま再び忘れさられ、いつしか意識の奥深くに沈殿していってしまった。


    (朝の自転車散歩で、偶然、唐古鍵遺跡へ出てしまった。)

     それが最近、我が町広陵町近辺を自転車で散策するようになって、再び意識の表面に浮かび上がってきた。一時期、早朝、運動を兼ねて、あてもなく自転車を走らせるのが習慣になっていたことがある。そんなある日、少し遠出をしようと、隣町の田原本町にある唐古鍵遺跡まで出てしまった。そこには1世紀の楼閣が復元されており、朝から珍しいものに出会えたと喜んだものの、帰り道が分からない。いつもは二上山が目印なのだが、それも見えない。早朝のこととて出会う人もなく、適当に自転車を走らせて行き当たったのが、「鏡作座 天照御魂神社」。これは「かがみつくりにいます あまてるみたまじんじゃ」と読むのだが、通称は鏡作神社という。その神社の由緒書きを見てびっくりした。そこには道後温泉で湧き出た疑問、その答の一端が示されていたのだ。


    (上は鏡作神社の由緒書き。下は檜原神社の由緒書き)

     まずは由緒書きをご覧じろ。
     「第十代崇神天皇のころ、三種の神器の一なる八咫鏡(やたのかがみ)を皇居の内にお祀りすることは畏れ多いとして、まず倭(やまと)の笠縫邑(かさぬいむら)にお祀りし(伊勢神宮の起源)、更に別の鏡をおつくりになった。社伝によると、「崇神天皇六年九月三日、この地において日御像鏡(ひがたのかがみ)を鋳造し、天照大神の御魂となす。今の内侍所の神鏡是なり。本社は其の(試鋳せられた)像鏡を天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)として祀れるもので、この地を号して鏡作といふ。」とあり、ご祭神は鏡作三所大明神として称えられていた。
     古代から江戸時代にかけて、このあたりに鏡作師が住み、鏡池で身をきよめ鏡作りに励んだといい、鏡の神様としては全国で最も由緒の深い神社である。」

     要するに、崇神天皇の時代に、天照大神の分身である「八咫鏡」を、宮中に置いておくのは畏れ多いとして、伊勢神宮の前身である笠縫邑に祀り、宮中にはレプリカをつくってこれを祀った。そして、そのレプリカを鋳造した地が、この鏡作神社だというのだ。
     なるほど宮中にある神器はレプリカなのだ。でもレプリカって、要は偽物なんでしょうと思ったが、さにあらず、どちらも本物らしいのだ。「本体」と「分身」という関係らしい。
     この「本体」と「分身」という関係については、稲田智宏氏の「三種の神器――謎めく天皇家の秘宝」に詳しい。少し長くなるが引用しておこう。


    (元伊勢と言われる桧山神社の鳥居)

     「宮中には鏡、剣、曲玉の三種神器があり、このうち鏡の本体とされるものが伊勢神宮に、剣の本体とされるものが熱田神宮に祀られている。したがって本体の鏡と剣も三種神器のひとつと呼ばれるが、宮中の三種神器と直接的な関わりが本来あったのかどうかについては分からない、ということである。
     ここで本体と分身という考え方について述べておきたい。
     先述のように天照大御神が自身の「御魂として」鏡を祀らせた、ということは、この天照大御神と鏡がすでに本体と分身の関係になっている。鏡は『日本書紀』の一書(あるふみ)によると天石窟に籠もった天照大神を復帰させる祭のとき、「鏡作(かがみつくり)部の遠祖天糠戸者(とほつおやあまのあらとのかみ)」が八咫鏡を製作したとあるから、神代の話とはいえ物理的につくられた物であることは明らかで、神とは異なる存在だろう。
     しかし日本の神は物に宿る。天照大神が宿る鏡は鏡であって同時に天照大神と見なされる。本体と分身という違いはあっても、同一と見なされるのである。したがって宿る物が無数にあれば宿る神も無数に出現する。(中略)
     事実、宮中の草薙劔は平安末期の壇ノ浦の合戦において海中に沈んだままなので、別の剣が草薙劔として用いられている。つまり八岐大蛇の尾から出てきたという由来を寄せられた伝統的な宝剣の直接的な分身ではないが、しかし現在、三種神器のひとつとして剣璽の間に奉安されている宝剣は、草薙劔の分身としての身分が確定しているがゆえに、草薙劔なのである。したがって熱田神宮の御神体の剣、壇ノ浦に沈んだ宮中の剣、現在の剣璽の間に奉安されている剣はいずれも草薙劔と見なされる。(中略)
     宮中に伝わる神鏡や宝剣は、真実かどうかはともかく伊勢神宮や熱田神宮の御神体の模造品、レプリカだと説明されることが多い。しかしその模造品とかレプリカといった言葉から、形だけを似せた模造品やレプリカにすぎないといった印象をもつのは間違いである。」

     一昨年、松山道後温泉で湧き出た疑問は、これで見事に解決した。
     しかし、迷った末に行き着いた鏡作神社。実は我が家から、自転車で走ってわずか30分たらずのところに存在していた。
     これを知ったとき、古代史のまっただ中
    (アマテラスのまっただ中)に住んでいる、そんな感慨をあらたにしたものだった。


    (鏡作神社に到着)


    (鏡作神社 本殿)


    (鏡作師が身を清めたという鏡池)

     

     


     

    ◇ご案内

     

     

    「あなたの知らない奈良のかつらぎさん ―かつらぎガイドブック―」

    ISBN978-4-909201-06-5 A5判 250ページ(オールカラー) 1,200円+税

     

    2018年12月20日、この本の出版協力者の呼びかけが、クラウドファンディングでスタートしました。
    書店が良心的な「少部数出版物」と「読者」との出会いの場所でなくなった今、「本」と「読者」を結ぶ新しい試みだと思います。ぜひ、内容をご確認の上、ご協力をお願いいたします。

     

      協力の内容 1口 2,500円には

      あなたにお送りする「本」1冊1,200円/図書館用に寄贈する「本」1冊1,200円/発送費 2件分500円

      が含まれています。


    ご申し込みいただいた方は、上記タイトルの本を1冊送らせていただくほか、この「本」の巻末に「応募者の氏名と都道府県名」を、出版協力者として掲載させていただきます。例:「山田太郎 大阪府」「山本花子 奈良県」


    https://readyfor.jp/projects/katsuragi 

     

    表紙は、大阪芸術大学デザイン学科3回生 津村凪咲さん提供のものに決定しましたが、細部は変更になる可能性があります。

     

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    • 2013/10/02 1:43 PM
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    • 2016/07/26 3:22 PM
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