ふるさと地盤診断ウォーク「亀の瀬地すべり」 vol.2

2011.10.24 Monday

0



    河内堅上の駅から歩いて20分ぐらいのところに、大和川河川事務所があり、亀の瀬地すべり資料室も、この河川事務所に併設されている。普段なら歩いて20分位で来れるのだろうが、前回でも述べたように、「ここは」という場所へ来ると菅野先生の地質学講座が開かれることになり、10時に河内堅上を出発したというのに、大和川河川事務所に到着したときは、もう11時を回っていた。
    到着するや、河川事務所の平松さんらが待っていたとばかりに、一行を事務所へと誘導する。中は三人掛けのテーブルが整然と並べられ、事務所というより教室。
    まずはアニメーションで、亀の瀬地すべりの概要と、なぜ地すべりを止めなければいけないか、またその取り組みが語られるが、このアニメが浦島伝説をアレンジしたかなりな優れもの。子供用につくられたのだろうが、非常に分かりやすくできている。ではまず、地すべりの起こる仕組みを河川事務所の資料から紹介しておこう。

    「地すべりを調べてみると、動いている土のかたまりの底に粘土の層があることがよくみられます。また岩にひびが入っていたり地層が曲がっていたりもしています。このようなところに雨がしみこむと、すべり台に水を流したように粘土が滑りやすくなって、地面が動くのです。地震で大きく揺られても地すべりは起こります。」

    では、地すべりとは何か、地すべりと土砂崩れはどう違うのか、なぜ地すべりを止めなければならないのかを、河川事務所の平松さんの話から紹介しておきます。



    「地すべりというのは、地面というか土が動く現象の一つです。皆さんがよく耳にされるのは、火山噴火の時、溶岩が流れ落ちてくる、これが皆さんにはニュースなどで馴染みが深いと思います。この溶岩が雪に変わるったらどうなりますか。そうですね、雪崩(なだれ)になります。雪崩対策も、地すべり対策と同じような感じです。
    土で言いますと、土が上から下に動く現象、これを土砂崩れ、崖崩れと言います。地すべりというのは、言葉どおり土が「すべる」ものを言います。どちらかというと、水平に近いゆるーい流れです。ですので、普通に地すべりという時には、最高速度でも一日に50センチ程度です。皆さんが歩く方がずっと速いです。だから地すべりに巻き込まれて亡くなったと言うことはほとんどありません。しかし地面は全部動きますから……この建物の下が全部動くわけです。建物もビクともしないような動き方をしてくれるんだったらいいんですが、右へ左へクネクネしながら高いところから低いところへ下りてくるんです。だから建物が崩れてしまうんです。鉄道のトンネルとか鉄橋とかも崩れてしまいます。川の流れまで変わってしまいます。そればかりか土砂ダムというものまで出来る場合があります。川の流れを防いでしまうという現象です。これが起きてしまうと大変です。土砂ダムが出来て川の流れが止まりますから、池が出来ます。その池の中に住宅地があったらどうなるでしょう。それと土砂ダムは土で出来たものですから、水の圧力に対し、あまり強くありません。たくさん水が溜まってくると、水は乗り越えようとします。
    そうするとこの亀の瀬の場合ですが……皆さん、河内堅上へ来られるのに大阪方面から来られた方が多いと思いますが、一つ手前の駅の高井田とか柏原とか、規模によっては八尾あたりまでが水害になるかも知れません。これは今までのところ実績はありません。しかし、そういうことが実際に起こっては困るということで、この場所で、地すべり、土が動くことを止めてしまおう、という仕事を、昔は建設省と言ってたんですが、今まで50年間やってきたわけです。それがやっと一年前ぐらいに主だった工事が終わりまして、ほぼ安心だろうということになっています。今は、地すべりが完全に止まっているのかという最終判断を下すため、観測等の調査をおこなっている段階ですが、そのOKが出れば後は管理だけの仕事になるわけです。そうなれば、今まで工事で立入禁止になっていましたが、自然も豊かなところですし、皆さんに別の意味で利用していただける空間にしたいなあと思っています。どんな風にしたらいいかも、これから見て歩きながらご意見がいただければと思います。」


    (大和川河川事務所の平松さん)

    亀の瀬地すべり災害の歴史
    亀の瀬地すべりは非常に長い歴史を持っています。移動土中から発見された木片の年代測定では約4万年前という結果が出ており、地すべりはそれ以前から発生していたと見られます。万葉集に出てくる「畏(かしこ)の坂」が亀の瀬あたりの道を指し、その由来が地すべりにあったと考えられているものの、明治以前の地すべりに関する記録は残されていません。(国土交通省 近畿地方整備局 大和川河川事務所「亀の瀬地すべり対策事業」)

    明治以降になると、明治36年の地すべりでは、大和川の川床が隆起し、大雨で大和川がせき上げられ、王子駅南方の張井・三郷にかけて氾濫し、地すべり地内を走る鉄道もトンネル東口が崩壊しました。
    そして昭和6年〜8年にかけての長い期間の地すべりでは、水平30メートル移動し、旧大阪鉄道のトンネルが崩壊(今回、発掘されたその崩壊跡を見学します)。また大和川の川床が9メートル以上隆起し、河道は完全に移動し、これによって大和川は完全に閉塞し、上流に浸水被害が発生しました。
    続いて昭和42年の地すべりでは、水平26メートル移動し、大和川の川幅も1メートル狭まったと言います。



    では、この地すべりを止めるためにはどんな方法があるのでしょうか。地すべりを止める方法として、先のアニメでは次のように紹介していました。

    1.地すべりする上方部の土を取り除いて地すべりを安定させる。
    2.地下水が地すべりの移動と密接に関わっているため、排水トンネルと集水井戸をつくり、地下水を排除する。
    3.最後は力ずくで止める方法。直径3.5m〜4.0m、長さ30〜60mの鉄筋コンクリートの柱をたくさん打ち込んで土砂の動きを止める。昭和61年からは、直径6.5m、長さ100mに及ぶ巨大な柱が打ち込まれました(実際には打ち込むのでなく、地中に真っ直ぐな穴を掘り、そこへ鉄筋を組みコンクリートを流し込んでいくという方法)。これを深礎工と言うのだそうですが、地中に造った深礎工は最大96m、地上30階建てのビルの高さとほぼ同じで、亀の瀬対策工の主力で55本(直径6.5m)を施工したといい、これは世界最大級だということです。



    では次回は、いよいよ排水トンネルの中と、昭和6年〜7年に起こった亀の瀬・峠地区地すべりで崩壊した、旧大阪鉄道(現JR大和路線)トンネル跡に入れてもらったことについて紹介させていただきます。 

    コメント
    コメントする
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL