ふるさと地盤診断ウォーク「亀の瀬地すべり」

2011.10.23 Sunday

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    五位堂から見る葛城山.jpg
    (その日、雨で中止かと思われたが……五位堂駅前から見る葛城山)


    地盤工学会関西支部主催の「ふるさと地盤診断ウォーク・亀の瀬コース」に参加した。
    発端は広陵町に住まいされる菅野耕三先生と知り合いになったことだ。知り合った頃、菅野先生は大阪教育大学名誉教授であり、広陵町立図書館の館長でもあられた。おりから地区の役員の仕事が順番で回ってきており、同じやるなら面白い仕事をしたいと「広報」に名乗りを上げた。そして今年1年は防災意識を高めるテーマに広報を発行することとなったが、その第1号の編集に際し、図書館長である菅野先生のお力をお借りした次第だ。
    菅野先生は、広陵町の図書館長というだけでなく、大阪教育大学の名誉教授で、地質学、層位・古生物学、地盤工学の専門家だった。その菅野先生が、所属しておられるのが、地盤工学会関西支部。そこで氏は、身近な地盤を「知ること」「楽しむこと」「親しむこと」「考えること」をテーマに、ふるさと診断ウォークを指導されている。我が町でも、11月には菅野先生に「地震の話」を地域住民に話してもらうことが決まっている。そんな経緯で、この「ふるさと地盤診断ウォーク・亀の瀬コース」に参加した次第だ。特に「亀の瀬」というところは、黒岩重吾さんの古代史小説にも「大和川の難所」としてよく登場するところだ。地区の用事と自分の趣味を兼ねての参加だったが、土木工学や地質学にはまったくの門外漢。果たして話が分かるだろうかと思いきや、菅野先生の話といい、大和川河川事務所の平松さんの話といい、非常に分かりやすい。そのうえ普通では入れない「亀の瀬地すべり」で埋もれてしまった旧鉄道トンネルにも入れるとあって、ワクワクしながらの参加だった。

    しかし、朝6時に起きると、かなり激しい雨が降っている。今日はてっきり中止だと思っていたが、中止の連絡のはいる7時を過ぎても電話連絡がない。ということは……外を見ると、あれほど激しく降っていた雨もやみ、晴れ間さえ覗いている。

    集合地点.jpg
    (集合地点 JR河内堅上駅の入り口に立てられていた案内板)

    午前9時50分、無事、河内堅上駅に到着した。お話によると定員は30名だったが、倍近い申込があり、抽選ということも考えられたようだが、地震等、自然災害に関する正しい知識を一人でも多くの人に知ってもらいたいと、全員受け入れることが決められたという。参加費は無料。そのうえ、専門家の解説が付くばかりか、貴重な資料までが無料で配布された。
    それというのも、自分一人にとどめず、多くの人に伝えてほしいという意図があるのだと思う。そこで、以下、現場現場で話されたことを、自分の理解の範囲内でお伝えしようと思う。

    まずは、大和川河川事務所「亀の瀬地すべり資料室」に到着するまでに、菅野耕三先生が道中で話されたことを要約しておく。

    地滑りの前兆を話す菅野さん.jpg
    (地すべり現象で石垣が、真ん中部分が膨らんできていることを指摘する菅野耕三氏)


    1.JR河内堅上駅から亀の瀬地すべり資料室へ向かう途中の道で

    東京都と大阪のみ大都市ということで時間雨量60ミリを想定して下水道がつくられた。奈良は30ミリ。30ミリという雨はバケツをひっくり返したような雨で、40年前には30ミリの雨というと、60年に一度起こるか起こらないかの大雨であった。最近では、60、80
    、場合によっては100ミリを超える大雨が降るようになった。そうすると何が起こるか、都会部では川が氾濫して水が来るわけでなく、下水道が満杯になり、マンホールの蓋を吹き飛ばして水が道路にあふれるようになる。そうなると水が濁っているため側溝も見えなくなるため、まずは道に水があふれないうちに逃げることが肝心。もし道に水があふれたら、建物の高いところに避難するようにしてください。水の表面は、空気抵抗があるため、緩やかに流れているが、中はもっと激しく水が流れているため、いとも簡単に人間は流されてしまう。2年前に兵庫県の佐用町で台風9号による水難事故が起こった。今、裁判になっているが、役場が、道に水があふれているにもかかわらず避難命令を出し、それに従って逃げた人が全部水に流されて死んだ。これは天災でなく人災だというので裁判となったという。どんな結果になるか分からないが、少しずつ自分で勉強し自分の身を守っていくことが大事。洪水の場合は、100ミリの雨が降っても、2階建ての2楷部分まで水が来ることはないので、道に水があふれていれば、外へ逃げ出すのでなく、建物の一番高いところへ避難するようにしてください。また、それ以前に「今日の雨は異常だ」と思ったら、避難命令が出る前に自主避難してください。こういう風に自分で自分の身を守ることを心がけてもらいたいと思っています。

    明神山.jpg


    2.明神山の前で

    前にあるのが明神山という山ですが、今から1700万年〜1300万年ぐらい前に、この付近に現在の瀬戸内海の原形、私達の言葉では第一瀬戸内海というのですが、そういった海がありました。そしてこの頃には、あちらこちらで海底火山が噴出してきたと言われています。二上山もそうですし、私が勤めていました大阪教育大学近くの寺山もそうですし、この明神山もそうです。二上山の場合は、マグマが上がってきた柱が二つあるので、お山も二つあるということです。明神山は一つでしたので、こんな形になっています。もちろん、人間はまだ誕生していませんし、ここは海底火山でしたので、噴火したとき、どんなお山だったかは分かっていません。
    昔は、活火山、休火山、死火山という分け方がありました。理科年表にも載っていますが、実は、休火山と死火山というのが分からないのです。現に、今から二十数年前になりますが、木曽の御嶽山が爆発したのです。その当時の考え方では、この山は死火山、二度と爆発することのない山として見られていました。しかも信仰の山ということで入山されている方もおられ、何人かが被害に遭われることとなりました。以来、死火山、休火山という分け方は分からないので、こういう分け方はやめましょうと言うことになりました。そのかわり、火山が噴火したときの姿が分かるような状態、原形をとどめているものを火山と言いましょうということになりました。すると、この明神山は、昔、火山であったことは間違いないのですが、もう1600万年前の海底火山ですから、もう噴火することも考えられず、火山から除外しましょうという訳です。かつて富士山が間もなく噴火するというような本を書かれ、噴火しなくて夜逃げした先生もおられますが、実際のところ、分からないのです。火山の一生は、人間のスケールではなく、何十万年という活動が続きます。
    阿蘇山というのは、七万年前に噴火したものが一番大きな噴火だったと言われますが、大阪湾をボーリングしますと、「阿蘇4」と言われる火山灰が出ます。厚さが40センチあります。今、地球はものすごく穏やかなんです。東北の大震災の陰に隠れて報道されていませんが、九州の新燃岳の噴火は今も治まっていませんし、雲仙普賢岳の噴火もたくさんの犠牲者が出て話題になりましたが、考えてみれば、そんな噴火でも、火山灰が関西に降るというようなことはありません。七万年前、九州阿蘇で噴火した火山灰が大阪で降ったわけです。また大阪の丘陵地をつくっている地層を調べていくと、今から87万年前の小豆(あずき)火山灰層という地層が出てきます。これは実は大阪周辺の地層でも1メーターあります。それから琵琶湖の堅田丘陵に喜撰川というのがありますが、その河床へ行くと4メーターあります。しかも一回の噴火で飛んできたということが分かっており、この火山灰がどこから飛んできたかというと、大分県から飛んできたということが分かっています。雲仙普賢岳にしても、今、活動をやめていますが、いつ活動をはじめるか分からない。火山というのは、そういうものだと思ってください。これから行く亀の瀬地すべり地も、二上山の火山活動で降った火山灰が悪いことをしているわけです。火山灰があるところが、大体、地すべりを起こすわけです。では先へ進みましょう。

    (次回は、大和川河川事務所の平松さんの話を中心に、「地すべり」と「崖崩れ」の違い、なぜ「亀の瀬」の地すべりが太古以来起こり続けているのか。また巨額な費用と年月をかけてこれを防止することの意味は何かということを紹介していきます。)


    (昭和初期、亀の瀬の大規模な地すべりで埋もれてしまった国鉄関西本線のトンネルが、平成21年に発見された。今回は、そのトンネル跡にも入ることが出来た。)

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