京都大学屯鶴峰地震観測所を訪ねて

2011.06.29 Wednesday

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    屯鶴峰地震観測所坑内.jpg

    屯鶴峰地震観測所入り口00.jpg6月半ば、屯鶴峰にある京都大学地震観測所を訪ねた。正確には京都大学防災研究所屯鶴峰地かく変動観測所という。近々ここは規模を縮小し無人化するというので、以前から見学を希望しており、個人的ならということで便宜を図っていただいた次第だ。
    そもそもなぜ縮小するかというと、地震予知が当たらないからだという。案内してくださった研究員の方は、「地震予知は難しい。何と言っても結果を出さないことには……」としみじみ言われた。
    この方とは、屯鶴峰公園入り口で待ち合わせをし、山道の茂みをかき分けながら観測所への道を進んだ。茂みを突き抜けたところは、工事のため山が切り開かれたような空き地になっており、そのさき左手の茂みに観測所の入り口が白く顔を出していた。
    もともとは本土決戦に備え防空壕があったところだという。防空壕というと小さな規模のものを想像しがちだが、防空壕というより地下要塞と言った方が当たっている。後で知ったことだが、朝鮮人兵士が厳しい条件で掘削にあたったと言われ、多くの犠牲者が出たようだ。このため、この辺りは心霊スポットになっているともいう。
    また、この二上山周辺にはこの地下壕だけではなくさまざまな軍事施設が存在していたようである。高射砲台、機関銃座、燃料貯蔵用地下壕。いわば、この周辺が陸軍航空部隊・航空総軍の一大拠点となろうとしていたように思える。そして、屯鶴峯地下壕はこれらの施設を統括する拠点として建設されようとしていた。韓国最後の皇太子李垠(イ・ウン)も航空総軍の指揮官として、この屯鶴峯地下壕に滞在していていたことも間違いのない事実のようだ。
    屯鶴峰地震観測所入り口.jpg
    話がとんでもないほうに逸れてしまった。しかし、なぜ防空壕跡に地震観測所があるのだろうか? 案内いただいた研究員の方に訊いてみた。要は、坑の中は湿度も温度も一定なので、外気に影響されずに観測されるのだという。そうこう話しているうちに入り口へと着いた。入り口の事務所らしきところで懐中電灯を手渡され、坑道へつながる鉄の扉が開かれる。中からヒンヤリした空気が流れ出し、汗が引いていく。
    ところで近畿には、この屯鶴峰の他、茨木・高槻にまたがる阿武山観測所、滋賀県大津市にある逢坂山観測所の3箇所の観測所がある。
    阿武山が昭和5年に、屯鶴峯観測所は,大地震と地殻変動の関係を明ら屯鶴峰地震観測所機器.jpgかにし,地震予知の手掛かりを得ることを目的として昭和40年に、逢坂山観測所は、昭和45年に地震予知研究を目的として設立された。
    ところで、この3箇所の観測所で2003年3月頃から地殻杯の顕著な変化が報告されている。2004年9月、2005年1月には、地下水位の急激な変化も観測されており、このことは近畿地方の地殻活動に変化が生じていることを表しており、規模の大きな地震が発生する可能性もあるという。現にこの現象は、阪神淡路大震災の数ヶ月前にも認められている。すわ大地震の前兆かと思われたが、この報告がなされたのが平成17年4月のこと。今現在、2011年(平成23年)になるが6年経っても、近畿で大きな地震は起こっていない。
    このことについて、これから先近畿で大地震が起こる可能性があるのか、案内いただいた研究員の方に尋ねてみた。しかし、いけないことを訊いたようで、「これについては自分としては何とも言えない。分からないとしか答えられません」ということであった。

    どちらにせよ、このような地殻変動が観測されているなら、用心に越したことはない。
    千利休いわく「降らぬ間に雨の用意」。いたずらに恐怖心をあおるのでなく、今こそ防災意識を高め、何があっても気持ちだけは対処できるようにしたいものだ。

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