二人のマドンナ/vol.1 ヒュパティア

2011.05.11 Wednesday

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    歴史上、僕のマドンナとも言える女性が二人います。その一人が、4世紀末、エジプトに生きた、女性哲学者にして、数学者、天文学者のヒュパティア。
    彼女はアレキサンドリアにおいて新プラトン主
    義哲学校の校長となり、プラトンやアリストテレスらについて講義を行ったといわれています。
    そのヒュパティアを主人公にした「アレクサ
    ンドリア」という映画が公開されました。ヒュパティアを演じるのはレイチェル・ワイズ。僕の思い描いたヒュパティア像と寸分違わず、まるでヒュパティアがよみがえってきたよう。これだけでも東京まで出向き観た甲斐があったというものです。
    この「アレクサンドリア」公開当初は関西では上映館がなく、東京でしか観ることが出来ませんでした。丁度、東京出張があったのを幸い、一仕事を終えるやホテルに荷物を置き、そそくさと「丸の内ピカデリー」へと向かいました。
    イチェル・ワイズがよかった! というだけでなく、歴史考証もしっかりしており、映画としても堂々たる大作に仕上がっておりました。これだけの大作を単館上映というのは、一体どういうことでしょうか。
    女性として初めての天文学者「ヒュパティア」は、新興勢力キリスト教に迫
    害され、その見せしめとなって惨殺されました。教会は、ヒュパティアのことを「天文学で神を冒涜する魔女だ」と弾劾したのです。ヒュパティアについて、5世紀に活躍した教会史家ソクラテス=スコラスティコスは、彼の著「教会史」のなかで次のように述べています。

    「アレクサンドリアに、哲学者テオンの娘で、彼女の時代の全ての哲学者たちを遥かに凌ぐほどの文学と科学における学識をなした、ヒュパティアという女性がいた。プラトンとプロティノスの学統を受け継ぎ、彼女は、その多くが彼女の講義を受けるため遠くからやってくる聴衆に向けて哲学の諸原理を説明した。彼女が精神の教化の結果獲得した冷静さと物腰における気取りの無さのゆえに、彼女は往々にして政務官の臨席の際に公けの場に姿を現した。彼女は男たちの集まりに来ることを恥ずかしがったりはしなかったのだ。全ての男たちが彼女の非凡な品位と徳性ゆえに、彼女をさらに認めていたのである」と。

    そんなヒュパティアを、獰猛な熱意に凝り固まったキリスト教徒たちが、カエサリオンと呼ばれる教会へ連れ去りました。そこで彼らは彼女を真っ裸にし、それから瓦で彼女を殺害したのです。彼女の遺体は細切れに引き裂かれ、ずたずたにされた四肢はキナロンと呼ばれる場所に晒された後、燃やされました。
    宗教の怖さ、宗教に縛られ理性的なものの見方が出来なくなる、そんな恐ろしさを思い知らされる事件ですが、それを冷静な視点で描いた「アレクサンドリア」という映画。
    すごい映画だと思います。
    これだけの歴史大作が単館上映というのは、「カソリックの圧力か」と勘ぐりたくなるのは、果たして僕だけでしょうか。
    また、「僕の憧れ・ヒュパティアを、こんな目にあわせたキリスト教が許せない」。
    そんな青臭い情熱に駆り立ててくれる映画でもありました。
    (右上の肖像は、19世紀に想像で描かれたものだと言います。)

    最後に、そんなヒュパティアを描いたチャールズ・キン
    グスリーの歴史小説がありますが、これを全文和訳してくれているサイトがありましたので、敬意を持って紹介させていただきます。

    http://homepage1.nifty.com/suzuri/hypatia.htm

    次回、二人目のマドンナは、16世紀末イタリアに生きたベアトリーチェ・チンチェを紹介します。
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