阪神淡路大震災/うわさ話

2011.03.19 Saturday

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    ここでは、僕が「政府刊行物大阪サービスステーション」で、はじめて出版活動を行うようになった第一号の作品「避難生活から学ぶ心の震災防備」(熱田親憙・著)のなかから、避難所生活の中でのいくつかのエピソードを紹介しています。東日本大震災の被災地域で、これから始まる復興に向けて、しばらくは避難所暮らしを余儀なくされる方々が大勢おられると思います。その方々に幾分でも参考になればと思う次第です。


    食事をとらない車イス
    「あの隅の教室に当初おられた車イスのご夫婦、いつの間にかいなくなったわネ」
    「地震の時は装具をつけていないで寝ていたので、隣の人が背負って、この学校に連れてきたらしいの。でもこの学校のトイレでは用を足せないので、時々半壊の自分のアパートに帰ってするというの」
    「そうね。学校のトイレは健常者向きたものネ。こんなときは困るわ」
    「毎日帰ることは負担なので、どうなったと思う、トイレに行くのが恐ろしくなって、とうとう一日中水を飲まなかったり、弁当を食べなかったりしていたそうよ」
    「でもそんなに長く持つ筈ないよネ」
    「そこで、自力で障害者施設の何とかというところに、やっと収容してもらったそうよ」
    「学校を去るとき、近くの人にお礼をいいながら、健常者自身が大変なときは、私たちのようなものは後廻しになるのネといったそうよ」
    久子はそれ以上聞く気になれず、廊下を出ていった。そして考え込んで了った。──この世の設備は凡そ健常者を前提に作られている。段階なんかは、障害者でなくても老人である私たちにもつらい時がある。その人の立場になって設計されていないということかしら──私はこれらの公共施設を設計する人が、健常者ばかりであるところに原因があるように思う。健常者にその目を持てといっても、つい忘れて了うのが人間の弱さである。答は障害者の設計者を採用することだと思う。

    会社は頼りになるが、女泣かせ
    被災四週目に入ろうとしている週末の、ある寒い夜だった。夕食を終え、校庭にいつものように焚火されるが、この日は一段と燃え盛かり、囲む円陣の輪も大きく、仲々火から離れようとしていなかった。その円陣の中のある主婦がやや高潮した面もちで喋り出した。
    「うちの人たら、この三週間のうち、二回しか帰って来ないの。いくら会社か忙しいからといっても、あんまりだワ!」
    「会社に電話をしたの?」
    「したけど、出張中とかいって、一回ぐらいしか話してないワ。当初は、すぐ単身寮の世話をしてくれて、自治体よりも頼りになるなあと思ってたけど、家族寮を世話する気配は全然ないんだから──」
    「奥さん、本音はそばに亭主がいなくて、淋しいんじゃないの」
    と三十代のある男が茶々を入れる。
    「そんなんじゃないの。子どもが夜中に熱出して、大変だったんだから──」
    「大変だったって?」
    「水をローソンに夜中買いに走ったの。途中真暗らなところを走って、なんとか目的達して、やれやれと同じ道を歩いてきたら、暗闇の中から、一人男の子がヌッと出てきた。何が欲しいか知らないけど、ハッと身を交わして、何とか逃げられたのよ」
    また茶々が入る。
    「奥さんは若いから、無理もないよ」
    この会話をきいていた田口夫妻は、隣の焚火の輪に移り、火を前にして先ほどの会話の感想を述べあった。
    「いろいろ考えさせられるネ、おじいちゃん。会社って、社員は大事にするけど、その家族は大事にしないのかしら。昔なら分るけど」
    家族は亭主が扶養するという考え方は、また基本的にあるようだネ。夫婦は経済的主従関係という見方か強いかもしれない。給与明細でも、家族手当という欄があるものな」
    「すると亭主は外を守り、内は妻が守るというパターンは変っていないわけネ。避難生活の場合は内なる妻が孤軍奮闘も当たり前ということですかネ」
    「少くとも避難生活という非日常的な生活を強いられている場合は、亭主の生活への参加は配慮すべきかもしれないネ。会社も本人も」
    「まだまだ昔の意識が依然として残っていることが再発覚されたことになるわけネ」
    「先ほどの奥さんは病人の氷で恐い思いをしたが、女としてつらい生活の最たるものは何だと思う?」
    「さあ」
    「この前、救援物資の受付のところである奥さんが話していたけど、マンションの水汲みだって。産後の娘がマンション十階に住み、毎日の水汲み(給水車)のための昇降が大変で、娘のコールで応援に行ったけど、エレベーターも動かないマンション十階は、水汲みに難儀したそうよ」
    「昇り降りは腰にくるからネ。それに寒い時期なら、先々腰痛が心配になるわね。」
    「ところでさっきの話に戻るけど、会社からあまり帰ってこない話、どうしてだと思う?」
    「避難生活は辛く、美しくないから、帰りたがらないといいたいのだろう?」
    「そう、男の人の狡さよ。私だって覚えあるからネ。年末の大掃除、何回逃げられたか」
    「あの奥さんはまだその辺が分っていないから、カッカッしている訳かな。その他にもう一つあるよ理由は──」
    「なに?」
    「当時、交通網が悪いから、何時間も掛かるので、疲れることと欠勤だろうな」
    「欠勤って、そのために有給休暇があるのじゃないの?」
    「俺もそう思っていたけど、誰かがいってたよ。遅刻や電話かかけられなくて欠勤扱いにされ、その上それが理由で解雇になったというところもあったらしいぞ」
    「信じられない。それは大きな会社じゃないだろうけど、無茶な経営者もいるものネ」
    「多分、バブル崩壊後、人員整理しなければならない状況にあって、整理するキッカケが見付からなかった社長さんかもしれんな」
    「この地震で揺すられたのは、家や橋だけでなく、表に出ていない水面下の、社会の恥部までに及んだということですか。見方を変えれば二十世紀末の大掃除になるわけネ」
    「その大掃除がどう掃かれ、掃かれた後をどうするかが問題だ。そんなこと思い巡らしていると、後十年いや二十年は死ねないネ」
    「そんなに生き延びたら、世の厄介者になるから、ほどほどにしないと──」
    田口夫妻の会話は核心に触れる部分があってなかなか含蓄がある。年を重ねることは知を重ねることだと気づかされた会話たった。

    運のない人──ダブルショック
    日曜日の朝はやはり人が多い。廊下の隅に設けてある電話の近くは若い人で一杯である。ここに揚げるのはOL二、三年生の会話である。
    「私の友だちに電話したら、しょげてるの。その訳きいたら、私までショックたワ」
    「ねね、どうしたの?」
    「加古川の子だけど、御影のスポーツクラブて水泳のインストラクターをやってたの。地震で崩壊して、失職したわけ。でも本人は正式に言われていないので、営業再開を待ってたみたい」
    「のんきね、馬鹿みたい。私だったら確認して、失業保険もらうように手続きするなあ」
    「不安になって確認したら、復旧の見込みなしと言われて、泣き泣きマネキンクラブに紹介依頼にいったわけ。一カ月後に、エアロビクスのスタッフの仕事があり、喜んで芦屋にある教室へ向う途中のこと、即ち初出勤の日、事故を起したの」
    「どんな事故?」
    「工事現場の脇を通るときに、そこに止めてあったクレーン車と、ピカピカの自転車が激突し、肩から膝までの左半分を打撲して、今自宅で療養中だって!」
    「どこか、よそ見でもしてたのかな。それにしてもついてない話ネ」
    このような似た話は他にも一杯あったと思う。思わぬことで人生プランか狂い、必死にプランの修復に努めたが、心の中の修復まではいかなかったので、チャンスを生かすことができなかったのであろう。幸い若いので、療養中に精神力も培養されて、再度チャレンジされることを祈るばかりである。

    やはりレイプ事件が──
    貞夫が自治会の副会長になってからしばらくの後、午後七時から始った運営委員会の雑談の時の話である。
    「外国では地震、洪水などの天災があると、必ず盗難やレイプなどが横行するが、日本ではそれがない。阪神大震災では住民みな紳士的であると報道されているが、どうも横行しているらしいネ」
    「加害者がその気になるなら、街は暗く、人影も少いので条件は揃っているもんな」
    「どうも崩壊した民家を昼間ボランティアに来て下見し、真夜中に盗難に入るらしいぞ。確かめた話じゃないが──」
    「やはりあったのか。これだけ飽食の時代といわれても、金目のものが欲しいのは、誰でも、いつの時代でも一緒だからネ」
    「そういえば、自治会単位で、パトロール班を結成し、当番制て夜廻わりしているところも時々見かけますな」
    「通勤するOLや通学する女学生を狙って、暗い解体現場に引きずり込み、複数犯で犯すケースか多いようだ」
    「どんな手口で誘うのかネ」
    「噂の話だから確かじゃないけど、『お風呂に入りたくない?』とか言って、ワゴン車を準備しているらしい」
    「実に計画的だね。若いもんは衝動的だが、レイプになると計画的になる訳か。それで被害者届けは出していないのかな」
    「どうも泣き寝入りらしい」
    「今の女性でも昔の倫理感に縛られて、耐えている面があるんですなあ」
    不幸にして、レイプの経験がないので解説できないか、誰でも精神的ストレスや生理的なうっ積がつもると、自分で解放することができないと、他人の力を頼ることになる。そのやり方か強制で、害を与えることになるので社会的な問題になる。しかし社会的問題にしたがらない被害者が多いだけに、問題が深いのである。ここで対策を述べる気はないが、被害者に対する温かい目を持つ社会にならなければならない事だけは確かと思う。
    話を戻そう。運営委員会の雑談は更に続いた。
    「ところでオチついでの話になるが、ここの話ではなく外の話だが、亭主の暴力やセックスが問題になっているらしいネ」
    「今度は家庭内レイプか。地震で亭主のこころまで揺さぶり、不安定にしてしまったのかもしれないな」
    「しかし、ストレスが溜って暴力になるのは分かる気もするが、セックスはその気になるかな。暴力は一方通行でもセックスの一方通行は成立しないものね」
    「正にレイプ家庭版だな。これは奥さんが被害者になる訳だ」
    「奥さんの方はOLや学生と違って、泣き寝入りする事は少いんじゃないかな」
    「最近の奥さんはみな勉強しているから、意識が高いですよ。裁判も辞さないのでは──」
    「だから、最近特に離婚訴訟が激増してるらしい。詳しい数字は知らないけど──」
    「その話はよく聞くネ、最近。離婚を密かに考えていた奥さんが、地震で亭主の本心を確認し、決意が早まったという話を家内からも聞いたな。いろいろな事が表面化しますネ」
    「お宅ではそんな事ないでしょ?」
    「いや、いつ思わぬボロが出てくるか分かりませんワ。ハッハッ──」
    最後には冗談まじりの言葉が入って、会議の本論に入ったが、副会長の貞夫は離婚という言葉が心につかえていた。彼は今まで離婚という言葉は遠い縁のないものと決めつけていたが、一度久子に離婚の心が潜んでいるか聞いてみたくなった。これを聞くことがお互いの絆を深めるキッカケになるかもしれないと思うからである。その後、彼からその後日談はきいていない。

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