阪神淡路大震災/避難生活者の言えない話

2011.03.18 Friday

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    ここでは、僕が「政府刊行物大阪サービスステーション」で、はじめて出版活動を行うようになった第一号の作品「避難生活から学ぶ心の震災防備」(熱田親憙・著)のなかから、避難所生活の中でのいくつかのエピソードを紹介しています。東日本大震災の被災地域で、これから始まる復興に向けて、しばらくは避難所暮らしを余儀なくされる方々が大勢おられると思います。その方々に幾分でも参考になればと思う次第です。


    避難生活者の言えない話

    貞夫と久子はいつも奉仕の姿勢で、その任務にいつも没頭していたが、冷静な目も忘れていなかった。物事がうまくいかない場合には必ずその底に隠れている原因がある。原因である本音を捉えないと、人の賛同を得られないことを痛いほど教えられていたからである。貞夫の目はいや応なしに冷静になり、本音の追究に明け暮れた。当時を振り返り、本音のいくつかをご披露願った。

    一、神戸に戻りたい。隣の人と話したい。
    被災当初の一週間ぐらいの間は、自分たちの住む家さえあればと思い、寒さもひもじい思いも耐えてきたが、数週間も経ち、具体的に行政側から仮設住宅の案内がでると、既に不満に変っていた。
    「こんなところでは、勤め先がない」
    「あそこでは、会社までの通勤時間が遠くて、とても住む気にならない」
    などの言葉に代表されて、折角供給した住宅が、なかなか埋まらなかったとのこと。人間の欲望というのは日毎に変わり、一つの望みが叶うとそれが不満に変わり、常に上を向いて広がっていくものである。これがあるから人間は努力し、成長していくのかもしれない。行政の方たちも予想外の思いを抱いただろうが、本音がつかめきれていなかったのだと思わざるを得ない。商売の世界だけでなく、行政の世界にも人の心を捉えたマーケティング発想を要求するのは酷な話だろうか。この場合の本音は、「今までのように、隣近所の人たちと心おきなくお喋りしたい」のである。従ってできるだけ神戸市内に仮設住宅を計画する努力が求められよう。それも個人別抽せんでなく、隣近所一緒になって抽せんを受付ける計らいか求められる。人間、孤独に耐えられず、孤独死を恐れているのである。

    二、罹災証明に疑心暗鬼
    被災程度によって、行政からの見舞金が違うだけに、全壊・半壊・一部壊の行政判断は、被災者にとって関心の的である。その判断基準が一般の人に分かるように明示されないために、疑い深くなるのは人情である。それを裏付けるような噂も聞いていたので、貞夫の耳もそば立った。ある人の洩らしを聞いた。
    「私んとこ、全壊にしてもらった。現場をみている暇ないから、分らないかもネ」
    行政側からみれば、集中的に申請されるのであるから、現場確認ができないかもしれない。できないなら誰でも判るような基準を発表したら、少くともゴネ得を自慢気に喋る人はいないだろう。公平を旨とする行政は、もう少しオープンにする毅然たる姿勢が欲しいところである。バブルのツケともいえる住専問題や非加熱血製剤問題でも、行政の隠密主義が明かであり、江戸屋敷の官史と全く変っていない。

    三、義援金の皮算用
    全国から神戸市に集まった義援金は千五百億はあるだろうとみている。しかしこのうち、見舞金として被災者の手に渡ったのは百億円足らず。残り千四百億円は、どう使うのだろうか。民間と公共に使用されるだろうが、民間一人当りの取り分は、少くとも普賢岳や奥利尻島の場合よりは少いだろうと、避難生活している教室での食後の話題になっていたという。いづれの日かオープンにしなければならないだろう。これまで株式会社神戸市の開発力の恩恵を受けてきたので、市民はどちらかといえば肯定的な態度をとってきたが、震災後の役所としての対応ぶりに、市民はうんざりし、その仕返しは選挙でと、一度は心に刻んだと思う。二十一世紀の未来都市・神戸を目ざすなら、今回の教訓を忘れず、しっかり心に刻んで、新しい神戸魂をもった行政と市民に生まれ変って欲しいと思う。そして文明と文化が調和した都市になると思うのである。

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