JR和歌山駅前地下広場 紀州犬のブロンズ像

2011.02.03 Thursday

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    JR和歌山駅前の地下広場で、紀州犬のブロンズ像を見かけた。なぜか、そのまま通り過ぎることも出来ず、ブロンズ像に添えられた説明書きに目を落とした。

    「紀州犬
    太古の昔より、紀州半島一帯で狩猟犬、戦犬、通信犬として存在した。日本民族は、この自然犬に助けられながら栄えた。この歴史的事実を重視し、昭和9年5月1日付けをもって、日本国は、この犬種を天然記念物に指定した。
    この犬種は、人間に従順であり、粗食に耐え、極地に耐え、強靱な体質と精神力を有したため、如何に過酷な歴史的背景をも耐えて今日に存在しているものである。
    この犬種は和歌山県の誇りであり、世界に誇る天然記念物である。」

    以上が説明文の内容である。
    紀州犬が、太古の昔から人間と共にあったという事実に興味を覚えた。戦犬、通信犬のくだりを読んだとき、正月にNHKで放映された「赤紙をもらった犬」というドラマのことが思い出された。
    偵察犬として訓練されたシェパードが、戦地で「鬼」となった兵士の心に人間の温もりを思い出させる。犬を毛嫌いしていた伍長が「あいつが居たから、この戦場で人間でいられた」、そう言って、傷ついた犬を助けるために死んでいった。
    「あいつが居たから、この戦場で人間でいられた」、このドラマを見て以来、その言葉が自分の心の中に澱のように沈んでいた。
    その思いが、この説明文の一文で、浮かび上がってきた。
    「あいつが居たから、この戦場で人間でいられた」、この言葉が、今も自分の中でリフレインしている。

    それはさておき、このドラマにもあるように、第2次大戦では、日本も軍用犬として犬を徴兵した。黒沢明監督の映画「夢」のなかでも、爆弾を巻き付けられ敵陣に飛び込んでいく軍用犬のことが描かれている。
    しかし、この紀州犬の説明を読むかぎり、はっきり書かれてはいないが、太古以来、戦犬として人間と共に戦う犬の姿が浮かび上がってくる。
    ネットで調べてみると、「軍犬物語」http://kiriken.web9.jp/gunken/index.htmlというサイトで、犬が戦争に利用されるようになった経緯が詳しく紹介されている。
    それに依れば、「西欧ではアッシリアの壁画に勇士と猛犬の絵が残されていたり、紀元前ギンベルン族が戦争に用いたのが」、犬が戦争に利用された初めとされている。しかし、真実の起源は定かではないという。

    では日本ではどうかというと、「太平記」に、南朝の忠臣 畑時能が「犬」と二人の従者とともに足利氏の城を陥とす物語があるのが最初だろうか。(左図は、江戸時代に描かれた畑時能の画 wikipediaから転載)

    しかし、東西を問わず、これらはあくまでも文献上の話であり、「犬の歴史」http://www.daidtm.net/010rekisi.html に依ると、人の祖先と言われるクロマニヨン人が既に犬を飼い、狩に利用していたとあって、これは僕の勝手な推測だが、部族間の抗争にも犬が駆り出されたのではないだろうか。
    それ以前、絶滅したネアンデルタール人と「犬」の関係は、どうも食料として「犬」を利用していたようで、これらのことを考えあわせると、「我々の祖先であるクロマニヨン人は、犬と共に生活し、狩りをしていたことにより生き残った」という説があり、「犬」をどう扱うかが、人類の生き残の大きなポイントになっていたようです。

    ともあれ平和を享受する我々は、もう二度と「犬」に爆弾を巻き付け、敵地に追いやるような選択は、何があってもしたくありません。うちにもゴールデンとラブのミックス犬「GORO」、それにトイプードルの「トマ」という2匹の犬が居ますが、2匹の顔を見ていると、「苦しいことは、もう、やめにして、ゆっくりいきましょうよ」、そんな風に言われているように思えてなりません。

    何か支離滅裂なブログになりましたが……今日はこれまで。
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