『その人、田池留吉』という不思議な本について

2010.08.19 Thursday

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    仕事に追われ、ブログを書く暇もなかった。 気がつけば一週間以上もブログのページさえ開いていないという状態。
    その忙しさの大半が、「その人、田池留吉」の校正作業。
    今日、その初校を終えたわけだが、ともかく不思議な「本」だ。「面白い」とか「感動した」という類の本は、世の中にあふれかえっているが、人の心に飛び込んできて、読み進めるうちに、自分と向きあわざるを得なくなる、こんな「本」には、なかなか出会えるものではない。

    私自身恥ずかしながら、読み進めるうち、知らず知らず声を上げて泣きだしている始末。とんでもない校正作業になってしまった。ハイツの一部屋を事務所兼倉庫に借りており、後になって、隣近所に声が聞こえなかっただろうかと心配するというお粗末。

    ところが、どこが良かったとか、ここの部分で泣かされたとか、そんなところが思い当たらない。むしろ気になったのが、句点が多いということ。読む上で少し煩雑かと思い、かなり削ろうかと思ったのだが、読み進める上で面白いことに気付いた。句点が多いことで、読むリズムがゆったりしたものとなる。一語一語、噛みしめるように読む、次第に、そんな読み方のリズムが出来てくる。その噛みしめるようなリズムが、何とも内容にマッチしている。次は次は……とページをもどかしげに捲っていく感じでなく、1ページを大事に大事に読んでいくというリズムを作り出している。
    読み進めるうち、いつしか校正作業が自分を見つめ直す方向へ動いている。

    すごい「本」ができたものだと思う。
    最初、タイトルに「田池留吉」という名前が出てくるので、内容からして、一般読者に「教祖」的に思われないかと一抹の危惧を感じていたが、そんな思いは一瞬にして吹っ飛んでしまった。ただ気付けば、校正作業がお留守になっており、いつになく時間のかかる初校となった次第。

    「我田引水」は承知の上で、自分という存在について考えている人には、ぜひ一読をお勧めする次第。ただし、頭で理解しようということは、まず放棄され、感じていこうという思いで、この「本」と向き合うことをお勧めする。完成は、この調子で行くと10月初めになるのではと思っている。
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