金沢寄り道出張/38年前の金沢へ寄り道

2010.09.20 Monday

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                   (金沢の武家屋敷を抜けて香林坊へ…)

    金沢職人大学を出た後、武家屋敷のある一体を通り抜け香林坊へと出た。営業での訪問先、宇都宮書店柿木畠本店は目と鼻の先だ。ところで寄り道の方だが、記録したカメラが手許にないもので(9月中旬になってカメラが帰ってきたので、写真だけを追加した)、武家屋敷や金沢四高交流資料館に立ち寄ったことについて書くことが出来ない。感じたモノ、心が動いたモノにカメラを向けることが習い癖になっており、映像記録はただ単に写真というだけでなく、なにに心が動いたのか、僕の心の動きの記録にもなっている。だから、その画像がないと、書いても書いても、なにか間の抜けたモノになってしまう。少なくとも自分はそう感じている。 
    そんなことを思っていると、今から38年前、北陸電力の仕事で金沢香林坊を訪れた記憶がよみがえってきた。思いの方が寄り道を始めてしまった。
    38年前、僕は二十代前半、映画好きが高じてCMプロダクションのの制作部に勤務していた。制作助手から初めて一本立ちの制作進行になったのが、「関西電力」の安全電化配線メダルのCMだったと記憶している。大阪の電通スタジオに、藤田弓子さんを招いての撮影だった。衣装は自前という条件だったが、撮影の合間、その藤田さんの衣装にアイロンを当てていた僕は、他の用事でその場を離れ、うっかり衣装を焦がしてしまった。幸い軽い焦げ目で、しかも背中側だったため撮影に支障はなかった。しかし、僕は藤田さんに平謝り、弁償も考えていたのだが、藤田さんは鷹揚なもので、まるで気にせず咎めようともしない。そのうえ藤田さんのお母さんから、電話で「気にしないように」と、慰めの電話までいただいた。以来、藤田弓子さんのファンになったのだが、その際、藤田さんから頂いた「桐生さんに」という為書きとキスマーク入りのサイン色紙が、今では、どこに行ったモノか、まるで見つからない。とんだファンがあったモノだ。
    その「関西電力」の仕事のすぐ後に入ったのが、「北陸電力」の仕事だった。「関西電力」のCMが、オールスタジオ撮影で、まる二日で取り終えたのに対し、「北陸電力」のCMは、オールロケ、しかも福井、石川、富山を回るという一ヶ月に及ぶ長期ロケとなった。福井では火力発電所の撮影。石川では金沢香林坊での夜間電線補修作業の撮影。富山では、黒部地域のダムと送電線の空中撮影と、やりがいはあるが、かなりハードな撮影となった。当初、十日の撮影期間を予定し、自社のロケ車の予定がとれず、運転手付きマイクロバスをレンタルすることとなった。

    このロケは、いくつかの問題を抱えていた。まずは福井での火力発電所撮影。発電所の操業は止められないが、煙突から煙が出るのを撮られるのは困るという。視聴者に環境を汚染しているように見られるのでは、何のためのCMかということになる。かといってスポンサーは発電所の全景を撮れという。そこでタービンの操業は止められないものの、フル稼働でなく、一時的に回転を落としてもらいテストすることになった。これなら大丈夫ということになって撮影に踏み切ったが、肉眼では煙は見えないのだが、フィルムに写ると、煙突の上の空気が、熱せられているため陽炎のようにユラユラと動いている。これが煙のように見えるという結果になった。かといってロケは終了しており、再撮影に行くとなると予算の問題が出てくる。そこで煙突の上の部分はちょんぎってしまう、いわゆるトリミングという技法でごまかすことになった。画面としては、煙突の上の部分がフレーム外になっているだけで、火力発電所の全体は写っており、スポンサーからクレームが出ることはなかった。
    これは撮影が終了してからの話だが、撮影中、福井ではもう一つの問題を抱えていた。日本海に夕日が沈むシーンを撮りたいのだが、そのために福井に滞在中、毎夕海岸へ出かけるのだが、うまくいかない。水平線と太陽の間に雲がかかり、日本海に直に沈んでいく夕日のカットが撮れない。そのうちに次の金沢へ移動するリミットが来る。
    金沢では香林坊の繁華街での撮影。深夜、人通りも絶えた香林坊に北陸電力のクレーン車が到着し、電線の点検・修復作業が始まる。これをカメラに収めるという寸法。
    ロケ中、一番問題がなく、スタッフも生き生きと動いた撮影だった。このため、全期間を通じて一番滞在日数の短い金沢だったが、一番楽しい思い出が残った。今でも深夜の香林坊のたたずまいと、黄色いクレーン車が、作業員を乗せ、長い鼻を夜空に伸ばしていく情景がありありと浮かんでくる。
    次の富山黒部地区の空撮がまた問題だった。関西電力と北陸電力の送電線が入り組んでおり、関西電力の送電線は画面に映ってはダメというお達しである。最初、難問のように見えたが、ヘリのパイロットの運転技術と、撮影後の編集でなんとかなった次第。
    このヘリのパイロットという存在がおもしろい。仕事柄、いろんな空撮の要望が出る訳だが、中にはその要望を実現するためには航空法を無視しないといけない、そんな状況が起こってくる。多くの場合、高度の問題だ。そんなとき、異様に高揚するのがパイロットたち。断るかと思えば、「ようし、やってやる。俺は元特攻だ!」てな具合。その勢いに煽られるのは、却ってスタッフの方だったりする。嘘のような話だが、高所恐怖症のカメラマンがいた。そのカメラマンが空撮することになった。しかも助手席におとなしく乗っているだけでなく、低空で飛ぶヘリの機体から身を乗り出しての撮影。ところが、パイロットの高揚感に煽られたのと、カメラを覗いていると大丈夫らしく、無事空撮は成功したというケースがあった。そのときからパイロットという人種に興味を持つようになった。
    話までが寄り道を始めてしまったが、とりあえず富山地区もOK、ところが、この時点でロケ期間は大幅に伸び、一ヶ月近くに達していた。レンタカーの運転手がソワソワしている。事情を聞くと、娘の誕生日が近づいており、それまでに帰りたいと言い出した。ところがディレクターは、福井に戻り、日本海に沈む夕日をどうしても撮るといってきかない。このCMがうまくいくかどうかは、このワンシーンにかかっている。帰り道だからということで、福井でもう少しだけねばってみようということになった。
    しかし、結果はNG。ついに水平線に直にに沈む夕日は撮れなかった。いつまでも延ばすわけにはいかない。中止を決定するのも制作の仕事だ。しかし、決断が遅きに過ぎ、かわいそうなドライバーはついに娘さんの誕生日に間に合わなかった。これが撮影が成功していたのなら、彼の犠牲も活きてくるのだが……。レンタカーのドライバーから見たら、僕は鬼のように見えていたのではと悔やむことしきり。深夜の香林坊のたたずまいと、日本海に沈む夕日(水面との間にかすかな雲の層がある)の映像が、僕の記憶に鮮烈に残った。
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