「ヤーさんの顔の傷」と「母親のぬくもり」

2010.07.09 Friday

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    「ヤーさん」というのは、「やくざ」のことを言うようだ。 
    また、頬を指でなぞりながら「あのひと、これやがな……これ!」などと言うとき、それは、この「ヤーさん」のことを指している。「あの人はやくざだよ」というのを、「顔の傷」を暗示させることで表現しようとしているのだ。
    では、「やくざ」というのは、どうして顔に傷が多いのだろうか。「顔の向こう傷は男の勲章」などと言われるが、果たしてそれだけだろうか。

    「憚りながら」表紙.jpg最近、元後藤組の親分さんの書いた「憚りながら」という本を読んだ。後藤組と創価学会の抗争について知りたかったのと、伊丹十三さんの刃傷事件が、後藤組の幹部のやったこととして処理されているが、果たしてそうだったのか……それが知りたかった。
    というのも、伊丹さんの証言では、犯人は背の高い若い男性二人組ということになっている。しかし逮捕されたのは、背の低いがっしりした後藤組の中高年幹部の方が二人……。どうも納得がいかなかった。
    それで、後藤組の親分さんが「やくざ」から足を洗い、はじめて宝島社の取材に応じて「憚りながら」という本を口述出版したという。ならばと、早速読んでみた次第。
    しかし隔靴掻痒というのか、威勢のよい語り口が、肝心なところになると急に歯切れが悪くなり、僕の知りたかったことは、今も霧の中というところ。

    話が横道に逸れたが、この後藤組の親分さんが言うのには、やくざ同士の喧嘩は、まず顔を斬りつけることから始まるという。顔というのは傷の割りに出血量が多く、相手の気勢をそぐのに効果があるという。そのうえ、捕まっても傷害罪。これが「斬る」のでなく「刺す」ということになると「殺人」あるいは「殺人未遂」ということになってしまう。だから、やくざの喧嘩は「斬る」、しかも「顔」を斬ることで、相手の気勢をそぎ、戦闘能力を半減させるという。

    「なるほど納得」という次第。
    なぜ顔の傷にこだわるかというと、僕の右の頬にも3センチぐらいの傷痕がある。それで小・中学校の頃は、「コワー、ヤーさんや」と、冗談混じりにからかわれたものだ。ただ自分で言うのも何であるが、子供の頃は顔立ちが可愛いくできており、それが顔の傷と釣り合いがとれず、自分でも鏡を覗くたびに何かちぐはぐな不思議な感覚に襲われたものだ。
    それが写真を習うようになったとき、奇妙な実習をさせられた。「人体美学」の授業なのだが、人間の顔は、右と左でまるで違うというのだ。左右対称な人間などいないという。そこで真正面から自分の顔を写真に撮り、同じ写真を1枚はネガを正しい向きで焼き増しし、もう一枚はネガを裏返しして焼き増し、2枚の写真をつくる。そして、その写真を「顔」の真ん中で左右にカットする。そうしたうえで、右半分の顔に裏焼きした右半分の顔を合わせる。ということは、左右どちらも「右」半分で構成された自分の顔と、左右どちらも「左」半分で構成された自分の顔が出来るという次第。
    結果、左半分は、まるでお地蔵さんのような、無邪気で人の良い顔が出来上がったが、右半分はそれこそ「指名手配」の暴力団のような顔が出来てしまった。顔の傷が、そこに何とも言えない凄みを加えていたのが印象的だった。
    人体美学ならぬ、人の心のありようを見せられたような気がしたものだ。

    では、この傷はどうして出来たのかというと、まだ私めが歩行器を使って歩く練習をしていた頃の話。たまたま大掃除で、窓枠が磨くために外され壁にもたれ掛けさせてあった。そこへ歩行器で遊んでいた私めが通りかかったが、万悪く歩行器の足がはずれ、そのまま窓ガラスへ顔を突っ込んでしまったという次第。火のついたような泣き声に母親が駆けつけ、出血の多さに動転してしまった。やはり、顔の傷は出血が甚だしいようだ。うろたえた母親が、何とか血だけでも止めなければと、オキシフルで消毒し、出血をおさめてから病院へと走った。
    しかし、傷口がオキシフルで固まってしまい縫えなくなったという。医者が言うには、何もせずそのまま連れてくれば、傷口が縫えて目立たなくなったという。
    物心ついて、傷のことに触れるたびに、母親が申し訳なさそうに話してくれた。
    そんな母親のことを思いだして、戯れ歌をつくったことがある。

    「我が頬に 残りし傷に触れるたび 母の痛みがよみがえりけり」

    反省の中で母を想うとき、その痛みや温もりが伝わってくる。しかし現実に戻るや、携帯電話を通し難題や野暮用ばかり持ち込んでくる母は、煩わしい存在でしかない。
    「早く死ねばいいのに」……そんな思いさえ出てくることもある。そんなとき、自分の顔は、右半分だけの顔になっているのだろうか、ふと、そんなことを考える。
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