「意識の流れ」増補改訂版の編集作業を終えて

2010.04.20 Tuesday

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    「意識の流れ」表紙の変遷

    僕が「意識の流れ」と出会ったのは、2004年12月、もう6年の付き合いになる。ジャンル的には「精神世界」に属する本なのだが、このジャンル独特の臭みが全くない。書店の担当者いわく、「この棚に来る人たちはもっとショッキングなもの、けばけばしいものを求めてくるんですよ。この本は、そんな匂いもしないし、かといって道徳書や、教育書、啓蒙書の棚に置くのも違う。一体、どこへ並べたらいいんですか?」 まさに書店人を困らせる「本」には違いない。しかし、そう言われながらも、2009年4月の新装版までで3万部以上が売れた。特定の宗教団体の本や、タレント本、超人気作家の「ベストセラー本」とは比べるべくもないが、3000部売れたら「よく売れたね」と言われる人文世界関係の本では、販売部数は勿論、その息の長さでも長寿本の部類に入るだろう。その本が6年ぶりに新しくなる。根本的な内容は同じなのに、何かが違う。「章立てが出来て読みやすくなった」とか、「装丁がA5版からコンパクトな四六判に変わった」とか、「表紙の意匠が変わった」とか、そんな外面的なことばかりでなく、「本」が発する何かが変わっている。たとえば剛速球を素手で受け取ったような感覚、それでいて受け取った痛みよりも清々しさが体中を突き抜けるような、そんな感覚と言えばいいのだろうか。今思ってみれば、つくるたびに何かが変わっていく不思議な本と言えるだろう。

    「意識の流れ」増補改訂表紙そんな「意識の流れ」との出会いについて、少し語らせてほしい。
    僕は、2000年1月に関東から古巣の関西へと舞い戻り、職場も古巣の政府刊行物大阪サービスステーションに復帰した。10年前に務めていた頃は、官報公告係を10年、政府刊行物・店売部門で店長として3年を務めた。その後「関東で零細な出版活動をしたいから」と勝手を言い辞職した。それが再び古巣の職場へ戻ってくることになった。今度は管理職としての復帰。我ながら「頼りない管理職があったものだ」と苦笑いしていたものだ。
    しかし、どうにも面白くない。もっとワクワクする仕事がしたい、国の刊行物を書店に卸すだけでなく、自社製品を持ちたい。しかし出版不況のさなか、出版事業を始めるわけにもいかない。ところが、ある大学の先生と知り合ったのがきっかけで、自費出版と企画出版の中間的な「オーダーメイド出版」なるものを始めた。問題になっている「共同出版」とは一線を画する。どんな出版方式かというと、自費出版だと、著者は営業マンになりにくい。自分の造った本を「買ってよ」とは言いにくいのが人情だろう。でも、「予約数が集まったら政府刊行物から本になるんだ。一冊でいいから予約することで協力してほしい」とは頼みやすくないだろうか。これなら著者が営業マンになれる。つまり企画段階から出版社が参入し、著者と共に予約集めをする。紹介用のホームページから拡販用のリーフレットまで、こちらでつくってやり、制作実費が出るほどの予約数が集まれば出版に踏み切るというもの。たとえ制作実費が出ないまでも、著者の負担はかなり軽減されるし、出版する側も最小限のリスクで冒険が出来るというものだ。始めるや、新聞各社が「面白い」と言ってこぞって記事にしてくれた。おかげで「オーダーメイド出版」という零細な出版方式を軌道にのせることが出来た。
    少し余裕が出来ると、自社企画の本も造りだした。書き手には不自由しなかった。大学の先生から、シンクタンクと言われる経済研究所の研究者、それに大手広告代理店の人間までが、「あくまで個人仕事としてやりたいから」と、様々な企画を持ち込んできた。
    そんな矢先、僕も個人的に参加している「心を学ぶ会」で出版の話が起こった。「心を学ぶ会」などと言っているが、これは決まった名称というわけではなく、その性格から言っているだけで、本当は「会」でもなんでもなく、元大阪府立高校の校長先生が、心を見ていくことの大切さを説いているに過ぎない。「自分の心を見て、自分の出している凄まじいエネルギーに気付いていかないかぎり、何も変わらないし、自分を見るというその仕事のためにこそ私たちは生まれてきたのだ」と、全国でセミナーを開き、その実践を訴え続けてこられた。そのセミナーも終盤を迎え、心を見ることの大切さを「本」にして残しておくと言うことで、「意識の流れ」なる本が誕生することとなった。
    当初は、セミナーのお世話をされていた久保明子さんが出版者となって本が造られた。しかし、僕も出版人の端くれとして、出来た本の流通が如何に大変かは分かっているつもりなので、「できたら『かんぽう』(僕の務める政府刊行物大阪サービスステーション)を発売元に使ってみてほしい」と声をかけた。
    ここから、僕と「意識の流れ」の関わり合いが始まった。翌年には、「かんぽう」が発売元になって、その改訂版を発行し、次々と「意識の流れ」のシリーズ本を刊行した。さらに僕の定年退職に当たっては、以降の関係出版物は、家業の「シルクふぁみりぃ」の中に出版部門を設け、そこから「UTAブック」の名前で「意識の流れ」関連図書を出版し続することになった。
    そして、今年5月、その「意識の流れ」本体が、6年ぶりに新しく生まれ変わることになったのだ。
    まさに今日、その原稿が、製作陣の手を離れ、印刷所に入稿されたという次第。5月には、それが「出版物」として完成し、UTAブックから離れ全国の書店へ旅立っていく。さて、これから先「本」自体が、どんな仕事をしてくれるのか大いに楽しみというところだ。
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