荒木村重の子孫の方から

2010.03.27 Saturday

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    広陵町のサクラ
                     (奈良県広陵町の桜は今七分咲き)

    冬が戻ってきたのかと思うような今朝の冷え込み。その寒さの中、公園の桜はもう七分〜八分咲きという状態。事務所に着けば、庭のチューリップも堅いつぼみにうっすらピンク色をにじませて迎えてくれた。そんななか、朝一番のメールチェックをしてみれば、桜やチューリップ便りにも負けないくらい嬉しい知らせが入っていた。
    「孤児たちのルネサンス」を読んだ、荒木村重の末裔という方が連絡してきてくれたのだ。氏は、遠藤周作氏の「留学」という新潮文庫判について教えてくれた。確かに、僕もこの本は読んだことがあるのだが、その解説を村松剛氏が書いているということには気付かなかった。あわてて本を引きずり出し、その解説を読んでみると、そこにはとんでもないことが書かれていた。その一文を以下に引用する。

    『留学生』は、三部作のうちもっとも完成度のたかい、魅力的な作品と思う。
    織田信長にほろぼされた大名で、荒木摂津守村重という人物がいる。ぼくの姻戚に、その子孫だといういいつたえをもつ家があって、伝説では村重の一族のだれかが、ローマに留学した、ということになっている。そんなはなしを、あるとき遠藤にしたことがある。
    ちょうどそのころ、彼は切支丹の事績を熱心にしらべていた。さっそく文献をあさって、それは荒木トマスのことではないかな、といった。間もなくその荒木トマスを主人公にした小説『留学生』が、雑誌に出た。

    以上のような内容だ。しかも荒木一族の末裔の方が言われるには、遠藤周作氏の母方の先祖「竹井氏」も、荒木村重の家臣であり、それもあって遠藤氏は、荒木村重を主人公にした『反逆』を書いたという。作品中、遠藤氏の先祖は、村重の家臣・竹井藤蔵として描かれている。
    この方の家の家系図には、初代は「荒木村重」と書かれてあり、家には伝荒木村重の陣刀や鎧の一部が伝わっているという。そんな関係で、トマス荒木についても関心が深く、数多くの文献を読みあさってこられたという。「孤児たちのルネサンス」には、彼の出自を荒木久左衛門の孫という設定にしているが、これはどこかの文献に記されていることなのか、記されているならその文献を教えてほしいというのがご連絡いただいた主旨だ。
    残念ながら、トマス荒木の出自について書かれた史料については僕自身知らない。トマスの出自については、完全な僕の創作であり、氏が衝撃を受けたという「トマス荒木がカタリ派の影響で棄教した」という設定も、僕の創作であって、歴史的な事実を証明するような史料をもとに書かれたものでは決してない。確かにトマス荒木がローマに行ったこと、同じ時期にジョルダーノ・ブルーノが火刑に処せられたこと、チェンチ一族が親殺しの罪で過酷な刑に処せられたこと、シクストゥス五世が聖書の改訂を行い、その死後、ベラルミーノ枢機卿がその聖書をあつめ処分し、新たに次の教皇との連名で「シクストゥス・クレメンテ聖書」を出したこと、これらはすべて事実なわけだが、それをつなぐ因果関係については創作だということをここにお断りしておく。
    それにしても、荒木村重の子孫の方、ひいてはトマス荒木の縁の方に、この本が読まれたということ、これに勝る喜びはない。
    ご連絡いただいた方、本当にありがとうございました。

    事務所のチューリップ
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