クジラ・イルカ紀行 vol.018 / モッチーニのこと

2018.07.29 Sunday

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    モッチーニの母親 O-46 の尾ビレ(小笠原海洋センター提供)

     

     いきなり「モッチーニ」と言われても、分からない方が大半だと思います。まるで「お餅」をイタリア語で言ったような感じで、僕などは、最初に聞いたときは、マジで「お餅の入ったピッツアか?」と思ったくらいです。

     でも、モッチーニといえば、小笠原でもっとも有名なザトウクジラなのです。

     前回、日本で初めてザトウクジラの水中写真を撮った望月昭伸さんのことを紹介しましたが、その写真家の望月昭伸さん(愛称モッチ)が、1992年に、「O-46」と名付けられたザトウクジラの赤ちゃんを撮影しました。そこで、その赤ちゃんクジラの名前を発見者にちなんで「モッチーニ」と名付けたという次第です。

     でもクジラの名前って「O-46」という記号風の名前があったり、「モッチーニ」という愛称風の名前があったり、何か名前を付ける基準みたいなものがあるんでしょうか。

     小笠原ホエールウォッチング協会の言うには、「ザトウクジラは、親子クジラ以外一定のメンバーで群れを作らないことが知られています。そのため、群れのメンバーが出たり入ったりすることも多々あり、調査時に混乱をきたすことも少なくありません。どのクジラがどの群れにいるかを可能な限り正確に見分ける必要があり、アルファベットでクジラを呼びます。しかし、それよりも、人間の瞬間的な記憶の中で、それぞれの尾ビレや背ビレなどの特徴を利用したネーミングが、とても有効な場合が多々あります。例えば、背ビレの先にフジツボがついていれば「フジオ」というように、その場だけでも名前をつけることです。そのうち、何年も続けて見られると、その名前も定着してきます」と言うことだそうです。

     納得です。ではモッチーニって、どんな特徴があるのでしょう? モッチーニを見分けるにはどうしたらいいのでしょうか? その答えが、小笠原ビジターセンターにあるというのでので行ってみることにしました。
     

    小笠原のビジターセンターで「ザトウクジラ展」が開催されていました。

     

     小笠原ビジターセンターで開催されている「ザトウクジラ展」、まずは、その展示を見てみましょう。

     右は、小笠原で見ることのできるおもなクジラとイルカです。筆頭はマッコウクジラ。

     石油が掘り出されるまで、マッコウクジラから採れる油が産業革命を支えていました。このため、マッコウクジラを求めて、太平洋をアメリカやヨーロッパの船が行き来し、日本の鎖国もママならぬようになってきます。

     このため、小笠原へもロシアやアメリカの捕鯨船で寄港する船が増え、ここ小笠原に住み着く欧米人もあらわれるようになりました。この人々が小笠原の欧米系住民の祖先となっていきます。

     次いでおなじみのザトウクジラ。モッチーニも、このザトウクジラの仲間になります。

     ところで、ザトウクジラを知る上で重要な数字があると言います。それが「4メートル」という数字です。

     まず、ザトウクジラの尾ビレ(テール)の幅が約4メートル。胸ビレの長さが約4メートル。生まれたての赤ちゃんの大きさ(頭から尾ビレまでの長さ)が約4メートル。この4メートルを「4倍した」となれば申し分ないのですが、残念ながらここだけが「4倍」でなく「3.5倍した」14メートルが、成長したザトウのだいたいの大きさとなります。

     このほか、イルカでは、ハシナガイルカやミナミハンドウイルカ(ミナミバンドウイルカ)のウォッチングを、小笠原では楽しむことができます。

     でも、今はザトウクジラだけに集中しましょう。

     ザトウクジラのウォッチングをしていますと、時により、彼らのさまざまなアクションと出会うことがあります。下の図では、「ペダンクルスラップ」にはじまる6つのアクションを紹介しています。

    「ペダンクルスラップ」は海面に下腹部を打ち付ける行為。

    「テールスラップ」は尾ひれを海面に打ち付ける仕草。

    「スパイホップ」は頭だけを水面に出し、まわりの状況を観察する仕草。

    「ブリーチ」はウォッチングの最大の見せ場です。ザトウクジラが海面から大きくジャンプし海面に背中から落ちていく様子は圧巻です。背が海面に落ちるや大きな水しぶきが上がり、船からも観客の大きな喚声とため息が上がります。

    「ヘッドスラップ」は頭の打ち付け、「ペックスラップ」は胸ビレの打ち付けですが、これは、先の「テールスラップ」とともに、まるでザトウクジラが我々に挨拶しているような、状況により「サヨナラ」してるような印象を見る者にあたえ、ザトウクジラとの距離がグッと近づいたような印象をあたえます。

     

     このほかに「メイティングポッド」と言って、メスのエスコート役(母子のクジラを助け、子クジラの手が離れたとき、次の交尾権を手に入れる)をめぐってオス同士が争うことが多々ありますが、これは圧巻です。僕も沖縄の座間味で、一頭の母子クジラのエスコート役をめぐって三頭のオスが争うメイティングポッドの真ん中に船が入ってしまうという経験をさせてもらいました。船の名も「エスコート号」、佐野船長の操船が巧みで、危機感はありませんでしたが、よくあれで船が沈まなかったと思わせるぐらい激しいものでした。

     

     

     

     

     このことからも分かるように、ザトウクジラはシャチのように一夫一婦制ではありません。交尾を済ませたオスは離れていき、生まれた子クジラと母クジラを、次の交尾権を持つエスコート役のオスクジラが守るという寸法です。そして子クジラは一年経つと母親から離れていき、母クジラは、エスコートのオスクジラとの間に新たな子をもうけていくという生命のサイクルが続いていきます。

     話を戻しましょう。このようなザトウクジラのさまざまなアクションの中で、水中に潜る寸前にテール(尾ビレ)の形状がよく観察されます。このテールの形状が、ザトウクジラ一頭一頭、みんな違うのです。つまり、ザトウクジラの個体識別は、このテールの形状を観察することからはじまるというわけです。

     

     

     これは、ビジターセンターにパネル展示されていた「モッチーニ」の尾ビレの形状です。尾ビレの右側部分に半円形の切れ込みがあります。これがモッチーニを見分ける大きなポイントになっています。

     いよいよモッチーニのことについて触れるときが来たようです。

     ただし、僕自身はモッチーニを直接見たわけではありません。見たことがないため、恋心が余計にふくらむのかも知れませんが……。

     そうそう、モッチーニは人間にだけに人気があるわけでなく、オスクジラの間でもモテモテの売れっ子のようです。これは小笠原海洋センター(エバーラスティング・ネイチャー小笠原事業所)の研究員・佐藤隆行さんの受け売りですが、以下、その佐藤さんに取材したモッチーニについて語らせていただきます。

     1992年、望月昭伸さんによって発見されたモッチーニは、1993年、母親から離れる時期になっても、なぜか母親の「O-46」とともに発見されています。

     以後、95年、98年、99年と父島周辺で確認され、2000年に初めて子クジラを伴って確認されました。この時点でモッチーニがメスであることが確認されたということになります。

     

    2000年にモッチーニが子連れで発見され、メスであることが確認された、

     
     モッチーニは、生まれた時からボートなどが周りにいる環境に慣れているせいでしょうか、子クジラを伴っていても、あまり周囲のボートを警戒する様子もなく、湾口や時には湾内で、親子でのんびり水面付近を漂う姿が見られています。

     こんなオットリした性格のためでしょうか、小笠原の人から愛され、ザトウクジラの時期になると、「今年もモッチーニが帰ってきた」と、人々は、モッチーニの出現を心待ちするようになっていきました。

     

     (小笠原海洋センターの佐藤隆行さん)

     以下は、佐藤隆行さんが作成してくれた「モッチーニ」と「O-46」の出現記録です。

     

     ―モッチーニのプロフィール―

      1992 0才 O-46の子供として父島で初確認

      1993 1才 母子一緒に父島で確認

      1995 3才 1頭で父島にいるのを確認

      1998 6才 3年ぶりに父島で確認.ペアでいるところを確認されている

      1999 7才 O-54(♂)一緒にいるのを確認

      2000 8才 子連れを初確認(母島)

      2002 10才 5頭群の中にいるのを確認

      2003 11才 子連れで確認

      2005 13才 子連れで確認

      2007 15才 子連れで確認

      2010 18才 子連れで確認

      2014 22才 子連れで確認

     

     

     ―O-46のプロフィール(モッチーニの母親)―

      1990年 初発見

      1992年 子連れで発見(O-288;モッチーニ)

      1993年 モッチーニといるところを確認される。

      1995年 子連れで確認

      1997年 ペアでいるところを確認される

      2000年 子連れで確認

      2001年 3頭群の中にいるのを確認

      2002年 子連れで確認

      2004年 子連れで確認

      2006年 子連れで確認

      2008年 子連れで確認

      2010年 子連れで確認

      2013年 子連れで確認

     

     

     上の写真は、小笠原海洋センターがモッチーニの消息について最終確認したときの写真です。ただこれ以降もインターネットで検索すると、「このごろの小笠原 blog」で「お帰りモッチーニ」という記事を見つけました。

     2018年1月8日の記事です。

         

      近くにいる1頭が、浮上したまま海面で呼吸を繰り返します。
      このクジラも船を見ているようです。
      連れのもう1頭が上がってくると、並んで尾を上げて潜っていきました。
      と、なんとその連れの尾ビレのフチが半円に欠けています。
      モッチーニです!
      今年も無事に小笠原まで帰ってきてくれました。
      お帰りなさい、会えるのを待っていたよ。
      昨シーズンは子育てをしていたので、今年は恋のシーズンでしょう。

      また、多くのクジラに囲まれたモテモテのモッチーニを見られるのは嬉しいです。

     

      http://sae-tac.sakura.ne.jp/wp-st/dolphin/%E3%81%8A%E5%B8%B0%E3%82%8A%E3%83%A2%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%8B/

     

     何ともうらやましい限りです。一度は、噂のモッチーニに出会いたいものです。

     今回のブログは「見果てぬ夢」はたまた「未完の恋」ということで終わらせていただきますが、次回は、宝永の大津波で壊滅した鳥羽の石鏡(いじか)漁港を紹介する予定です。

     

    現在の石鏡漁港 宝永津波で壊滅するまでは大木の浜に石鏡漁港はあったという。

     

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